【どうぶつほらばなし】長靴をかいだ猫(『ねこにまつわる10のはなし』より)
長靴をかいだ猫
ショコラは好奇心の強いタイプだった。
猫はだいたい好奇心が強いとおっしゃるならば、リスクを取る性格だと言い直してもいい。
何故かその日ショコラは玄関先に脱ぎ捨てられた長靴が気になった。
鼻先まで毛糸のように細く伸びてきた匂いをたどり、よせばいいのにその根元にある長靴にまっすぐ顔を突っ込んだ。
目から火花が出て走って逃げたその様子を、飼い主に見られた。
ショコラには飼い主のその顔が、いたずらに怒っているのでも、どじな行動に笑っているのでもなく、なんというか驚愕しているように見えた。
鏡を見て気づいたが、どうやら自分は二本足で走っていたようだ。
重ねて気づけば鏡がどういうものか猫のくせに理解している。
自分は賢くなったらしい。ショコラは腕組みをした。
賢くなって分かったことだが、飼い主の彼女は恋をしているようだ。
こっちの去勢をしておいて、勝手なもんだという気もするが、養ってもらっている恩もある。ショコラは手を貸すことにした。
近所の仲間にリサーチすれば、相手の男はなかなか正義感の強いたちらしい。そしてカナヅチじゃない。ここが重要だ。
ある日ショコラは男の目の前で川に落ち、飛び込んで救ってくれた男に自分を家まで届けさせた。
ふたりの会話のきっかけを作る作戦としてはずいぶん乱暴なものだったが、ショコラはリスクを取る猫だった。
作戦が功を奏したのか、しばらくしてニンゲン二人は共に暮らすことになった。
古い靴がまとめて捨てられるのを見て、ショコラはこの家を出ることに決めた。
「もう彼女は自分なしでも大丈夫」そんな言葉はきれいごと。
それよりも、困ったことに長靴には少し中毒作用があるらしい。
こうしてショコラは新たな刺激を求め、二本足で次の町へと向かったのである。
私家版きりえ画文集『ねこにまつわる10のはなし』(2015・完売)第6話。
『きりえや偽本大全』(現代書館)おまけページに掲載したものを加筆。
〈余〉
偽本シリーズ中きっての人気作から派生した作品。
今回掲載のお話は、同一タイトルでもまったく異なる物語です。
ブックカバーのほうはあらすじ、脚注コラム付きで偽本シリーズ1冊目の『きりえや偽本大全』に収録されています。
あわせて読んでいただけたらうれしいです。