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ぐだぐだ邪馬台国が好きなマスターに木下昌輝の『人魚ノ肉』を読んでほしい

ノブブブブ……。


昨年ハロウィンにFate/Grand Orderで配信された、織田信長型の巨大埴輪が襲ってくる邪馬台国が舞台に新撰組が過去の清算する、トンチキなのに何故かすごくよくできている謎のイベント・ぐだぐだ邪馬台国が復刻された。
今年初めてプレイして幕末に興味を持ったり、山南さんや芹沢さんなど未実装の魅力的なキャラをもっと見たいと思ったマスターも多いだろう。

そんなマスターに勧めたいのが木下昌輝の『人魚ノ肉』だ。


幕末の動乱と土佐(高知県須崎市)の八百比丘尼伝説を掛け合わせたのがこの小説。
須崎の浜に打ち上げられた人魚の肉を幼い坂本龍馬と岡田以蔵が食らったことから物語が始まる。
人魚の肉は食べると不老不死になるというが、本作では血を飲むと不老不死になり、肉を食べた者は化け物に変貌するという。
岡田が切り取って持ち歩いていた肉は、新撰組の隊員などに巡り巡って様々な事件と悲劇をもたらす。

吸血鬼やドッペルゲンガーなどを融合させた和製ホラーだけどしっかりした考証でこれが真相じゃないかと思うほど違和感がない。
さらに、歴史という決定事項がファンタジー的要素を入れ込んでも変わらない破滅の結末を際立たせてより切ない歴史小説になっている。


本作は短編連作なので、中でもぐだぐだ邪馬台国をやったマスターたちに勧めたい話をいくつか。


・妖ノ眼
新撰組内で近藤派と芹沢派で密かな権力争いがあった頃。隻眼の隊士・平岡五郎は芹沢派だが殆ど恐怖で支配されている状態。
芹沢に稽古で殺されかけた日、偶然会った岡田から与えられた肉を口にしてから盲したはずの左目に少し先の未来の光景が映るようになる。
眼の力で成り上がる平岡だが、必ず的中する死の予言まで見せつける三つめの魔眼までもが開眼する。

左が盲目なのに何故か死角からの攻撃の方に強いといわれた実在の隊士が主人公。逃れられない結末という本作共通の雰囲気を体現する短編だ。

敵に回しても味方にしても怖い芹沢さんが見られる。この話では怖い土方歳三など近藤派の隊士たちが別の話だと印象が変わったりと、視点毎に違う人物の描き方も魅力。


・肉ノ人
芹沢暗殺から時が経ち、近藤や土方、穏やかだが芯の強い山南敬助らの元でようやく纏まり出した新撰組の繁栄を願っていた。
だが、春の宴会である隊士が持ち込んだ人魚の肉という南蛮の珍味を食べてから、沖田は生き血への渇望を抱くようになる。
吸血を続ければやがて化け物になり、やめれば衰弱死を待つのみ。分裂が始まった新撰組を前に、ひとの尊厳を守るか隊のため殺しを続けてでも生きるべきか煩悶する。

沖田といえば喀血、病死というイメージを吸血鬼と絡めた作品。敵の血を啜るところを見られて喀血と誤魔化すなど整合性の取り方がすごい。
何といっても見所は山南さん。小柄で物腰柔らかだけど影から新撰組を支え、沖田の異変にも真っ先に気づく立ち位置。
離反からの切腹を裏付けする本作独自の優しい解釈もぐだぐだ邪馬台国の山南さんが好きならきっと刺さるはず。

・分身ノ鬼
同じく人魚の肉を食べた斎藤一は肉体の変貌こそないものの奇怪な事態に見舞われていた。もうひとりの自分の目撃情報が相次いでいるのだ。
江戸に残った自分と京に旅立った自分。剣のみを求める斎藤は自分こそ最大の敵とばかりに分身と斬り結んでいく。

斎藤の改名歴や別人説をドッペルゲンガーとした本作。父親の縁で徳川家の兵になっていたら、副長の土方と五稜郭まで共に行っていたら。
ありえた未来をなぞるような自分の幻影と何度も斬り合い、可能性から目を逸らすように人生をひとつの道に絞っていくハードな話。
たまに見える凶暴な一ちゃんが好きなら是非。


他にも新撰組に人魚の肉を持ち込んだ邪道の陰陽師の血を引く男と、彼とともに同じ幼馴染の少女を看取った過去を持つ京都老舗の扇子屋の切ない悔恨や意地を描く血ノ祭、近藤局長から切腹の仕方を教わってから武士としての志を持てた田舎隊士が、亡き友の亡霊と過去の清算をする骸ノ切腹など独特で魅力的な作品がたくさんある。

人魚と不老不死については直接語られないけれど、作中の岡田が体現する終わってしまった歴史を語り直すための物語として再編集し、『人魚ノ肉』語り続ける装置としての役割がこの話の不死性なんじゃないだろうか。

この辺もfate内でのサーヴァントのあり方と重なるところもあってマスターには思うところがあると思う。

ぐだぐだ邪馬台国が好きなマスターはもちろん、幕末の話、和風ホラー、考証や整合性がしっかりしたロジカルなSF、終わりが決まった者たちが短い時間を駆け抜ける切ない物語が好きなひとに是非読んでほしい。

ちなみに本作に卑弥呼や織田信長は出ない。当たり前だろ。

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