「・・・いい加減、僕の目を見たらどうです?」
記憶を取り込んでからというもの、目の前の少年と目が合わせられない。
この状態を俺は知っている。罪悪感から来るストレスがそうさせているんだ。
何度も何度も覗いてきた数多の記憶が俺の心情を分析し、自覚することで次の行動へと移させない。
「別に回り込めますけど、そこまでして貴方と目を合わせたくもないからいいです」
今なら全てが明瞭に理解できる。
白麗――三島楓の言った言葉の意味も理解できる。
三宅蘭というのは、日本に来てから初めて盗った記憶。どこにでもいるただの人間。
対して代わり映えのしないその記憶に、俺は酷く愛おしさを覚えてそっと返した。
思えば小さな子供がするホームシックだったのかもしれない。帰る家は自分の手で消したというのに。
そして青柳透というのが、俺の使っていた偽名。
名前を捨てて未明クルメとなるまでは、記憶手。三島楓はその間、俺を血眼になって探していたのかもしれないし、たまたま見つけたのかもしれない。
ただ、確かにいえるのは、この山の木々に挟まれてぐっすりと熟睡していた白麗を揺り起こして記憶シュの第三者として雇った時、コイツは間違いなく目を覚ましていて意図的に俺に見つかるようにしていた、ということだけだ。
「さて・・・本題です。何故ここまでの恨みを持ちながら僕は今の今まで何の手出しもしていなかったと思いますか?」
一息で冷酷に言い放った白麗はジッと俺を見つめる。
「・・・・答えないようであれば、彼女の記憶を抜こうと思います」
声がさっきよりも少し遠ざかっている。おそらくみるへと足を進めたのだろう。
「貴方がずっと楽しみにしていた秋山みるの全容を、先に僕がすべて見て、これをそこらで燃やしてこようと思います。実はよく燃えるんですよ?種って」
記憶シュとしてのプライドが俺の顔を上げさせた。
白麗はもう、みるの顎に手をかけていた。左手には注射器を持って。
目が泳ぐ。
「・・・・燃やすのは、止めてくれ」
「嫌ですよ。僕言いましたよね。『答えないようであれば』と、事前に」
淡々と言いながら一瞬が経つ度針が近づいていく。
「――っ 一番俺が苦しむ瞬間で種明かしがしたかったから!!!!違うか!!!?」
言った瞬間、その思想に全身を鳥肌がかける。頭の中がさっきからずっと白い。考えようとしてもその度、真っ白になる。
「違いますね。ではもう一度」
違う!?違うって何だ!!こういうのじゃないのか!?
しかし他の路線は明らかに考えられない未知の領域だ。俺の見てきた記憶にはまるでない。
「正解は」
白麗が注射器から手を離す。
床に音を立てて落ち、針の折れる注射器。
「僕、まだ生きてますから」
んだ それ
「っていうか、ちゃーんと習ってるんじゃないですか。土地神の能力について」
ケロッとまるでさっきまでのが白昼夢か何かのように明るい調子で白麗が話し出した。
「二十三、土地神が入れるのはその土地周辺だけ。三十一、土地神は霊に強い。・・・・これに尽きますよ」
その言葉で内容が頭を駆け巡った。
『土地神は霊に力を与えることが出来る。それは何も、地縛霊や浮遊霊に限った話じゃなく、生霊や――そうか、生霊か。
二十三、『土地神が入れるのはその土地周辺だけ。土地神によっては自ら範囲を制限しているため一概には言えないが、条件だけで言えば土地神が侵入できる範囲は守護している土地全体+周辺である。』
つまり。もし彼が生霊なら。そしてわざわざ二十三を出してくるということは。
「お前、の、実態化って・・・文字通り、元の触れる体になってる、ってことか・・?」
「そういうことです」
大げさに首を立てに頷いた。
「確かに始めは本当に自分は死んでいて、どうしようもないって思ってたんです。
だから生霊でふよふよしてて、ヨミさんに見つかって、事情を聞こうと諭されてパニック起こしちゃってて・・・だから精神的に安定してくる、本当に、最近までは、記憶はそもそもヨミさんの手にありました」
それじゃあ俺に最近あたりがキツかったのは――
「体のほうは、あとちょっとで無くなっちゃうところでした。
何せ仮死状態で何日もいましたから。
でもヨミさんが、「葬儀屋に行ってしまったら絶対に私の手では無理。」と、慌てて探してくれて、説得もしてくれました・・・だから青柳さん・・・いや、もう、クルメで慣れました。
クルメさんへは、さっきみたいな禍々しい気持ちもありますし、体が残っているからそこまですることもない、って気持ちもあるんです」
「いや。普通は体が戻ってこようがきまいが、そのあったけえ考えにはならねぇよ」
事実、それで報復したりされたりの話を何度も見てきた。
「まあ・・・だって事情もわかってますし。未明クルメとしての人柄も見てますし。今回苦しんでたのも知ってますから」
悪人じゃないし善人でもない。恨むべき相手だけど憎めないって具合です。
そういってにへらっと笑って魅せた白麗。
俺はもう感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、目の前が白黒していた。
「もう・・・・何、面白いことしてんですかあ・・・」
あー頭痛い。の声とともに、気の抜けた安心する声がした。
「えーっと・・・すみません、クルメさん。寝かせたか、って聞かれてた時、抜いた記憶をそのまま入れたんです」
「――じゃあ、今までずっと起きてたとでも?」
じゃあ何だ。あの倒れたの悶絶か。
「そうなりますね。本当、『常識』が戻ったら空気の読める、いい子ですよ」
と、一斉に向けられた視線を恥ずかしそうにわーっ!といいながら手を振るみる。
「そ、そそそそんなことないですよおっ!!
盗み聞きしちゃってごめんなさい・・・でも、途中はきちんと倒れてましたよ!!?何か、グルグルしちゃって!!」
そりゃあ、記憶をおかしいやり方で入れたからな。
「――そういうわけなので、解除液、いい加減飲ませてあげてもいいですか・・?」
気まずそうに白麗が試験管片手にこちらを見る。
「ああ、よろしく頼む」
アワアワと慌てながら真っ白な試験管の中身が気になってしょうがないみると、それを色々な感情が混ざった苦笑いで受け止める白麗が、非常に遠くに感じた。
俺にはあんなにも多くの罪があったのか。
そしてそれを何だかんだと許そうとしている白麗と自分の差に、愕然とする。
今まで上から見下ろしていたが、俺には、記憶の種になる彼らよりも数倍、伸び白がありそうだ。
元の自分が、いや、今の俺もかなりの貧弱者だというのがよく分かった。
罪は被害者によって気づかされ、帰る場所もなく、ただただ記憶だけを追い求める――記憶師。
俺はこれから、一体どうしていったらいいのだろう。