「誰だ!・・・・ああ、なんだ、ネグか。てっきり俺は復讐に来たヤツかと・・・」
だれかがそんなことをいっている。
ハネの多い黒髪。裏地が緑の黒いパーカー。名前に負けず、中性的な顔立ち。ああ、リロだ。
ニシグレ アイリとカロバヤシ オト。 オトは、音。
お互いからもってきて、リロと、ネグ。
リロは昔、ご近所づきあいで、ちょっとだけ遊んだあと、次にあったときに、すごく深い、切っても切り離せない仲になった。
「リロ。わたし、どれくらい居なかったの?」 扉を開けて、まぶしい光に包まれて、気がついたらここ。
みなれた街のみなれた路地裏にポツンとある、みなれた、汚れの目立つテント。
「どれくらいも何も・・・五分、とかだと思うぞ?なんか、匂いが違ったからわかんなかったけどさ。何?香水でもつけたの?何その甘ったるいヤツ」
鼻をつまんでイヤイヤと首を振りながら、リロが指を指す。
「何か・・・匂うの?」
「ああ、臭うとも。それも、結構濃いのが。ソレ、一般人でも余裕でわかるぞ」
で、だ。とリロは少しずつ距離をとりながら声を上げる。
「何でお前、そんなに顔違うの?俺の中の五分って、お前とドンだけ違うわけ?」
まあ、俺はどんなに誤魔化されても、かすかにするお前の体臭でわかるけどさ。なんていっている。
彼は鼻が効く。異常なほどに。
効きすぎて生活がままならないながらも、事情が事情だけにこんな場所に巣を作っている。「・・・ま。色々気になるけども。とりあえず香水を取ろう。普通の距離で話がしたい」
わかった、と呟いてその場を後にした。
どれくらいぶりかも解らないほど久々の水の感触が愛おしい。
何も考えず飛び込んで、全身に池の水を浴びると、本当に戻ってきたんだな、と実感がわいてくる。
でも、服も髪も、見た目も何もかも、あの洋館のまま。何でだろう。
きっと今から一年前。
「ここの所、殺人鬼が度々出現しているというニュース」が、世間知らずの私にも耳に入っていた頃。
殺人鬼に、会ってしまった。
殺人鬼は、『臭い臭い』と泣きながら、肉をむさぼっていた。殺人鬼は、どこかあの頃の面影がある、リロ。
殺人鬼は、殺した相手を食べていた。
その光景を目撃したそのとき、言い表せないような高揚感があった。顔が紅潮し、息遣いが荒くなり、ドクドクと血液を流すためのポンプ運動が感じられるほど興奮しながら、ふらふらとリロに近づいた。
意識がハッキリしたときには、私はリロの肩に手を置いていた。
――どうしてあの時、気づけなかったんだろう。
肉を食らうその姿に魅せられて、私は、ニシグレ アイリ という、女の子のような名前の青年に、加担してしまった。いわゆる、共犯者になってしまった。
ぼうっとしがちで、天然だとか言われる性格をも受け入れて、迎え入れてくれた職場も、リロと出会うきっかけをくれた優しい家族も、今までの人生さえも、その瞬間にどこか遠くへといってしまった。
何故って?
それは私が、カロバヤシ オト が、同類だったから。
私も、彼と同じ、食人鬼だったから。
――私は、あの日、赤髪のポニーテールの拷問さんを、食べようとした。
私は、あの日、彼女に抵抗されて、火を放たれた。
私は――それによって焼死した。
『リサ!』
耳元で、あの子の声がした。
振り返れば誰もいなくて、アタシは作業に戻った。
なぁに、単純な作業よ。
散らばった四肢を回収して袋に詰めるだけの簡単なお仕事。
リサ、なんて久しぶりに呼ばれた。ああ、いや、呼ばれたんじゃなくて幻聴だった。
でも本当に久しぶり。
好き勝手に移動できるし、眠くもならないし、拷問もされないし、快適ね!
リサ、と私を呼んだのは、かつての仕事仲間。
死んでしまったわ。何故知っているのかって?
だって、私が殺したんだもの。あの子が裏切ったから。
―――あの時は快感だったわねえ。内臓をこねくり回すの。
口角が上がる。
ハァ――それにしても。
「あーあ、ホント、酷い話。どうしてアタシがあんっなにっ、自己犠牲して助けようとしてた相手が、アタシを殺しかけた女なのよ!もうわかんないわ」
アタシはあそこで寝て起きてを繰り返している間、ずっと、ありとあやゆる拷問、尋問、それによって起きた殺しの記憶を、封印されていたみたいね。
段々戻ってきたと思ったら、いつの間にか完全に元に戻ってるし。
【人を殺すのはいけないこと。】
そんなルール、誰が決めたの?ルールを決めるなら、一人残らずルールを守れる状態になってから決めなさいよ。
アタシは守れない。だって、痛めつけるのって、楽しいし気持ちイイ。
それを繰り返すうち、いつの間にやらお金が溜まり、次の娯楽の用意が出来てて、やりたいことをやり続けてるうち、どんどん豊かになっていく。
なんて最高なの!?やっぱり天職よ!!
ああ!考えてたらまたやりたくなってきた!!
ああああぁぁぁぁぁぁ・・・・殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したいいいいぃぃぃいぃ・・・・・
でも大丈夫!この次はっ!・・・・アイツだから。
アタシの記憶が正しければ、時間は巻き戻ってる。あの日の、一日前に。
あのオカミサマのテクニック、散々やられて覚えたし、実践したいし!打ってつけね!
ふと思い立って、服をまくる。アイツに噛まれたあちこちの傷も、落とされかけた腕も、今はピンピンしてる。
だから、やっぱり時間が巻き戻ってる。
あの日には、まだ一日足りない。あの時間には、まだならない。
「あああああああああああああああ・・・・・・早く、時間が進んだら良いのに」
顔をくしゃくしゃにして、アタシは時間が経つのを待った。
「ネグ!」
そうリロに呼び止められて、立ち止まって、振り返ると、体中の力が一気にぬけた。
やっぱり、本調子じゃないみたい。
しゃがみこんだ私をリロがおぶってくれた。「なあ、どうしたんだ?だれか殺しちゃったのか?」
「ううん・・・そんなことは、ない、けど」 多分。多分。だって、リロはあの日、怪我をしたの。朝食のときに、頬に。
それがないなら、きっと。そう。
「じゃあ、整形した顔が気に入らなかったのか?」
「ううん・・・この顔、私がずっと欲しかった顔。あんなの・・・じゃなくて」
本当、それだけは感謝だ。
「自分をブス呼ばわりか。よくねぇぞ?・・・・ひょっとしたら俺だけかもしんねぇけどさ、俺には見た目なんてどうでもよくて、匂いが大事なんだよ。」
高らかに宣言するようにリロは言い放った。「匂いは素晴らしい。どんなに隠そうとしても、優先順位は一番じゃない。誰も彼も、最後は顔とか見た目だとか、内面を気にする。そんなの、匂いに全部でるのに、だ」
リロがそういいながら、少し声のボリュームを落とす。
「人間、肉になっちまえば、皆似たような濃いにおいを出すだけなのにな」
ニッと笑ってリロが続ける。
「だから俺は、今、お前が行動にまで移した見た目について、何の相談にも乗ってやれん!だがまあ、正直さっきの香水は、ネグがいつものネグじゃないみたいで、気持ち悪かった」
本当、変な食人鬼。
「そうだね、もっと早く落としてよかったかもしれない。」
柔らかくそういったとき。リロが突然立ち止まった。
「明日さ・・・あの子にしない?」
リロが指差した少女。彼女は――霧がかったようにシルエットが見えない。
ああ、そうだよね。
わたしは全てを悟った。
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