
【映画批評】#6「マッドマックス:フュリオサ」神秘性より物語性に寄ったのは前作の影響?
待ちに待った「マッドマックス:フュリオサ」を批評!
マッドな世界を体感せよ!ただし、今までにない物語要素の強さに戸惑いもある。
鑑賞メモ
タイトル
マッドマックス:フュリオサ(148分)
鑑賞日
6月4日(火)18:30
映画館
T・ジョイ梅田(梅田)
鑑賞料金
1,800円(KINEZO誕生日月クーポン1,200円+Dolby Atomos料金600円)
事前準備
予告鑑賞、事前知識ほぼ入れず
FRは今まで10回以上は鑑賞
PS4マッドマックスもクリア済
体調
仕事後、若干の疲れあり
点数(100点満点)& X短評
80点
神秘性より物語性を取る意外性。
マックスというキャラとの差別化か?はたまた前作『アラビアンナイト』の影響か?
【新作映画短評】#マッドマックスフュリオサ
— 近鉄太郎 (@egoma_senbei) June 6, 2024
すべてはフューリーロードのために。
フュリオサの前日譚ではあるが、偉大すぎる原典のための構造作りに徹した。
神秘性より物語性に寄ったのは制作陣のファインプレーか。前作(FRではない)の影響は大きい。ジョージ・ミラーのキャリア変遷も楽しめた。
あらすじ

ネタバレあり感想&考察
あくまで『フューリーロード』至上主義!
マッドマックスシリーズの特殊性と続編制作の制約を感じてしまう側面も…
本作を観て一番思ったのは、これだ。(以下フューリーロード=FRと表記)
もちろん、本作単独でのデキも十分すぎるし、面白い。が、完全にFRのための作品と割り切っている風にも感じた。
フュリオサがFRで緑の地に固執していたことをドライバーにして、前日譚を構築していたのも伏線回収としては大正解だと思う。
正直なところうーんと思う部分はあるが、それは本作の外から発するものだと思うので、まずは単純に良かった点を挙げていく。
フュリオサの悲しい出自と強さ、逞しさの過程をしっかり描けており、FRとの繋がり、時間軸の理解が深まる構造
幼少期も成人期もフュリオサの目、表情の演技はどちらも素晴らしい
イモータン・ジョーのもとで過ごしたことで生き馬の目を抜くしたたかさを獲得した恩恵も描けている
アクションの新鮮さもさらに高いレベルで担保されている
車、大型車、バイク、義手 etc…、メカメカしさもパワーアップ
シタデル軍とディメンタス軍のマイク合戦がWWEやAEWみたいで楽しい(←すぐプロレスに寄せるなw)
ガスタウン&バレットファームの可視化(PS4ゲーム経験者にはご褒美)
ジャックという存在がFRでのマックスへの信頼につながっている
緑の信号弾(←これはマジでサイコーの演出!!!)
私怨(ディメンタスの復讐)→使命(ワイブズの救出)への意思決定とFRへの繋がり含めて流麗
神秘性に大きな魅力があるFRとは打って変わって、本作は主人公の狂気にまつわる背景や理由を掘り下げていく物語性に寄った作りが特徴だ。
FRの神秘性に補完機能を持たせた物語を付け加えることを目的としているのは明白だが、この部分に疑問を感じている観客は少なからずいるだろうと想像できる。そこが前述した本作の外(受け手の態度)から発する、うーんと思わせてしまうポイントなのだろう。
FRの神秘性を守ってほしかった受け手は案外多いと思う。自分もそう感じてしまう部分は少なからずある。でも映画のデキに大きな不満はないし、何ならもう一回観たいぐらいなんだけど、この映画が絶対正解かと言われるとそうではない気がする。それぐらいFRが偉大すぎた。それぐらい手に負えないぐらいのパワーをあの映画は持っているので、間違いなく難しさはあった。マックスではなく、フュリオサにフォーカスを当てたのもそういう理由からかなと。FRマックスの神秘性を詳らかにするのはあまりにもリスキーすぎるからだ。
本作『フュリオサ』自体は抜け目なく、映画のデキとしては間違いなく高水準。しかし、シリーズが持つ歪さはかなり削がれていると思う。キレイに収まりすぎているが故の違和感。
観客が本シリーズに求めているのはまさしくその「歪さ」だ。ただその歪さは決して再現性はない。特殊な映画世界になってしまっていて、新しい企画が上がる度に難しさが確実に伴う。毎回、個別で抗争や戦乱に伴うアクションとその神話を描くのが正攻法なのかなと一種の限界も感じてしまった。
あくまでFRを最大限楽しむための+α映画の域は出ないし、その域を出ることを目的としていないことも肯定している。それをわかったうえでも一種の寂しさも同時に感じてしまったのが正直な感想。ただ、それがダメだとは思っていない。逃れられない運命のようなものだと思っている。
出世話だけ追うと「島耕作」っぽい
『フュリオサ』はまだ描くべき余白が残されている
ここからはアホな感想を少し。
置かれた環境を受け入れつつ、虎視眈々と自身の目的達成のために「出世」を勝ち取っていく姿は島耕作っぽいなと思ってしまった。
※島耕作はちょろっとしか読んだことないので、ホントにテキトーな感想です(弘兼兼史は『人間交差点』が好き)
本作はシタデル下でのフュリオサ出世物語の途中までを描いた側面もある。
なぜ途中までかというと、イモータン・ジョーの側近としての活躍は本作の後のことであり、あくまでイモータンの側近になるまでの話である。
島耕作でいうと、学生、ヤング~課長ぐらいにあたる部分までしか描いてないので、部長(警備大隊長)以降もう一作作れる余白は残している。
FRを補完する物語として、フュリオサにはまだ描ける余地が残されているということだ。次作はこの期間の話になるのではないか。
ワイブズを救出する使命をより強く感じさせるような作りに期待したい。よりFRのための映画という立ち位置が鮮明になるが、やるならキチンとやってほしい。ジョージ・ミラーのことだから、キチンとやるについては心配していないけどね。
物語性に寄ったのは前作『アラビアンナイト』の影響?
これを観れば、よりジョージ・ミラーが好きになる
書きたいことはほぼ書いた。
ここからはジョージ・ミラーが本作で物語性に寄った理由を自分なりに考えるパートとする。
実はFRと本作フュリオサの間に『アラビアンナイト 三千年の願い』という映画をジョージ・ミラーは撮っている。(日本では2023年2月公開)
企画としてこの映画とフュリオサのどちらが先に立ち上がったかは不明だが、『アラビアンナイト』に関しては、自らの意思で制作したと考えられる。つまり、フュリオサの製作は周囲の要望に応えた部分が少なからずあったはずだが、『アラビアンナイト』の製作はその要素がほぼないとみている。本人が撮りたくて撮ったと推測する。
【新作映画短評】#アラビアンナイト
— 近鉄太郎 (@egoma_senbei) March 12, 2023
ジョージ・ミラーの新作は意外にもこじんまりかつ上品な語り口。
千夜一夜物語の成り立ちが分かれば、ジンのお話は命をかけた講談だった。
物語論を独特の世界観で観た人にそれぞれの示唆を与えてくれる。
齢78にしてここまでの知的探究心に感服。大あっぱれ!
『アラビアンナイト』は物語論についての映画。ジョージ・ミラーがそれまでのキャリアで主に描いてきた運命論的なテーマに抗おうとする話でもある。ジョージ・ミラー自身がそれまでのキャリアと相反するような、物語論を主題にした画期的な一作が『アラビアンナイト』なのだ。
これを撮った(撮りたかった)ことが契機となり、本作の物語性に寄った作りに大きな影響を与えたのではないかと個人的に感じている。
FR、フュリオサだけでなく、『アラビアンナイト』もあわせて観て、ぜひそれらとの繋がりを感じてほしい。より立体的に本作『マッドマックス:フュリオサ』とジョージ・ミラーという人間を楽しめるはずだ。ジョージ・ミラーの成長欲求と進化は留まるところを知らない。
続編を待つ!!
まとめ
結論、やっぱりジョージ・ミラーが好きだ!ということで。
多少の嫌ごと言いはありましたが、しっかり楽しめる最高の娯楽作でした。
今週か来週2回目観に行こうと思います。超おススメです!
最後に
T・ジョイ梅田で観たんですが、最近この映画館大丈夫かと思ってしまいます。映画館の問題ではなく、映画館のあるイーマビルという商業施設のテナントがガラガラすぎて、いつまで持つか毎度ハラハラしている状況です。
もともと梅田ブルク7という名称で、立地もかなり良いです。ただちょっと気づかれにくい場所なのは事実です。昔から気に入っている映画館でフードが充実していますし、特撮系よくやってくれるし、客層は落ち着いてるし、と三拍子そろっており、個人的に絶対残ってほしい映画館です。
梅田で映画を観る際はT・ジョイ梅田をひいきにしてやってください。(懇願)
これを読んでいる方はTOHO梅田やステーションシティでもやっている映画の場合は、T・ジョイ梅田を優先するように!!
みんなでこの映画館を支えましょう!!
※同テナントの地下には梅田で一番空いている(と思われる)スタバもありますよ!
以上です。