【映画批評】#54「おんどりの鳴く前に」 映画史に残るみっともないクライマックスにちょっぴり感動
ルーマニアの辺境の村を舞台に、狭いコミュニティ内で起きた殺人事件を通して人間の醜悪さを生々しく描いたサスペンス映画「おんどりの鳴く前に」を徹底批評!
国全体が政治的に腐敗していると噂のルーマニア発の村社会映画。#53「嗤う蟲」に続く村社会映画に序盤は「もうええでしょう」となりつつも、じわじわ追い詰められ、自身の善性と良心をズタボロにされた後の顛末は目撃すべき、みっともない一撃!!!
鑑賞メモ
タイトル
おんどりの鳴く前に(106分)
鑑賞日
1月26日(日)11:15
映画館
テアトル梅田(梅田)
鑑賞料金
1,400円(TCG会員割引)
事前準備
予告視聴
体調
すこぶる良し
点数(100点満点)& X短評
65点
あらすじ
ネタバレあり感想&考察
「嗤う蟲」に続く村映画
淡々としすぎて若干ツラさが…
ヴィレッジ映画としては「嗤う蟲」と連日で観るには既視感が強く、ちょっとタイミングが良くなかった気がする。ただ村全体の問題ではあるのだが、個別具体としては村長と神父に問題が集中しており、こちらの方がドラマ性がある。全くもってスリラーではない。
しかし、いかんせん話が地味すぎるのと邦画洋画のような見知っている役者さんが少ないこともあり、集中力が求められる。あまりに淡々と表向き普通の会話や日常が続くため、正直退屈した。
本来、自分の悪事をバラすシーンなどは緊張感が走るものだが、主人公の警官イリエは村長に手籠めにされ、ナメられているからほぼほぼ悪気なく打ち明けられているのが面白い。普通に考えて警官に自分の重大な犯罪を正直に喋るなんて異常でしかないのに、村長の力で成り立っている村だからとイリエは勝手に忖度して事故だと結論付ける。
あのシーンは結構笑ってしまった。こいつどんだけナメられてんのよってなって、いい意味で観てられなくなった。
こんなに情けない男を演じたユリアンさん、最高だ。
離婚を経験し、事件もほぼない平和な村で警官として過ごすことに疑問を感じ、何となくの理由で老後に向けて果樹園でもやろうかな、と考えている雑な人生観が筆者と似ていて共感した。もう欲しいものもなく、ホワイトカラーのサラリーマンとしては限界に近づきつつあるため、この先はあえて何となくで生きてみたいなぁと考えていた矢先の主人公イリエ。
そういう意味で主人公には共感していたのだが、いかんせんラスト手前までは情けなさすぎるので、結構ムカついてくる。ただ、クライマックスに向けてのタメにはなっているので、ここまでの作者の意図は大いに理解できる。とはいえ、地味すぎるかな。退屈は避けられない。
人死には出るが、地味な日常の延長と呼ぶべき小さな出来事が続く。その集積でこの村の腐敗とこの男のショボさを浮き彫りにしていくのは結構力がいることだと思う。そこは目を見張るべきポイントではある。新人刑事ヴァリを巻き込んでしまったことの悔恨であったり、未亡人クリスティナとのほのかな恋愛の兆しが打ち砕かれるあたりもあくまで淡々と。情けなさのスパイラルが急回転するほどではない。
「嗤う蟲」とは違って村民のキャラも立たせず、ほぼイリエを追って低速のままラスト近くまで進めてしまう。それが全体の106分に対して90分前後を占めるので、そこはちょっと厳しい部分がある。
ただものすごく淡々と進めていく割には、権力の腐敗構造とその末端でおこぼれをいただく小さきものの無思考性と愚かさの描写が突出しているように映る。そしてその負の構造のそれこそ負の部分を一手に押しつけられたイリエもさすがに限界が来る。ここからの畳みかけは一見みすぼらしいが、本作内世界で欠けていた真っ当な精神の表出だからこそ輝いた。
このクライマックスは見ものである。
映画史に残るみっともない銃撃戦は
小さきものの真っ当な怒りを捉えた名シーン
クライマックスの銃撃戦はいろんな意味でスゴかった。
BBQ中の村長一味に拳銃ひとつで乗り込むイリエ。聞こえはいいがこんなにショボい銃撃戦、未だかつてあっただろうか?まるでタランティーノがどうたらみたいな文句を謳っているが、さすがに一緒にすな!とは思ってしまった。かといって腐しているわけではなく、これはこれで味わい深い。
イリエが小さな拳銃で最初に発砲して、神父に食らわしたのかな?(細かいところは覚えていない) そこから村長一味が硬直するが、村長の奥さんにスキを突かれて銃撃戦に突入してしまう。(ここのイリエのボンクラ具合もGood!!)
村長側の一人が慌ててマシンガンで迎撃するんだけど、そいつも馴れてないもんだからイリエの近くにいた村長の奥さんを速攻で撃ち殺してしまう。
ここは死ぬほど笑った。ここからは「なんだこれ?」な一見しょうもない攻防が続くが、命を賭すつもりでケリをつけに行くイリエに心を掴まれた。
本当にこの銃撃戦自体はくだらない。力が抜けるようなショボい攻防だったが、この力なき男の衝動的な覚悟だけで向かうさまは良かった。あまりにも遅い後手後手の対応にはなってしまったが、権力構造の上層の勝手な都合で弱者が割を食う必要性がどこにあるんだ!といった怒りがここに集約されている。
これは意外な演出であった。どう考えてもハデな銃撃戦や最後ぐらいカッコいいところを見せてくれても悪い気はしないのに、こんなにもみっともない弱者の突き上げを観られて面白かった。村長側も腐敗しきった村を仕切っているとはいえ、とりあえず村民をあの手この手で食わせているだけで武力的な後ろ盾は案外ない。本人は特に。
悪どいことをしているとはいえ、やはりそこは人徳らしきものと金銭で乗り切ってきただけに、弱者の善性に頼り切った村長の傲慢さがこういった形で報いを受けたのは気持ちよかった。
ほぼ何も準備せずに拳銃一丁と気持ちだけで飛び込んだイリエもこの直前にパリッと警官の制服を着て、初めて警察帽を被る。このシーンは象徴的で見ごたえがある。(記事のサムネ画像に採用!)
村長の言いなり、真っ当に事件の捜査に当たる新人刑事を粗雑に扱い、妻と別れ、未亡人には適当にあしらわれて、とみっともない男が我慢の限界を超え、義憤に駆られる姿。それが哀しくも面白く、原題の「善良な人々」に帰結するクライマックスは作り手のカッコよさが浮き彫りになった。
(決してイリエがカッコいいわけではない)
善良な人々こそ、その良心を簡単に踏みにじられ、悪いヤツらに利用され、が繰り返されてきたのが人間の歴史だ。小さな村とはいえ、その負の歴史に終止符を打つ小さな男の物語はラストのラスト、善良な人としてこの物語で初めて自分を認めてあげれられた瞬間を映す。
これは本当に最高のラストシーンであった。
呆れながらも少しばかり感動したのを正直に吐露しておく。
まとめ
2日連続の村社会映画、こちらに軍配が上がったという感じです。
このnote基準では学校のテストと同じく、60点以上が合格といった感じで採点しているので、めちゃくちゃ面白いわけではないですが、十分合格といっていい映画だったと思います。ただやっぱりラストまでは地味すぎました。比較的映画ファンの多い、テアトル梅田ですらエンドロール入ってすぐに音速で出ていく人もいたぐらいなので、評価は結構分かれるのではないかと思います。
本作で満足度が低い方は同じ村社会の闇を暴く痛快ポリスアクション映画「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」を観てバランスを取りましょう!!!
最後に
しまむらの長州力トレーナーを注文してしまいました。(白目)