連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の八

(こちらの連載の第1話はこちら

連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の一|木ノ下朝陽(kinosita_asahi) #note #家族の物語

また、前話はこちらです。
連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の七|木ノ下朝陽(kinosita_asahi) #note https://note.com/kinosita_asahi/n/n5acace35d9f5

よろしければ、併せてご覧頂けますと有り難く存じます)


そんな小二の冬の、とある土曜日の日暮れ過ぎのことです。

母に、「どうしても」と言われて、
夕食を、その…母の再婚相手と囲むことになりました。

本当なら、ぎりぎりまで部屋に引き籠もって、なるべく必要以上に同席していたくなかったんですけれど、
母にせっつかれて、食堂…ダイニングキッチンへと引き摺り出されまして。

仕方なく、
母と、あの男…母の再婚相手が、
何やら楽しそうに「大人の会話」で盛り上がる中、ひたすら…それこそ母の影法師にでもなったみたいにくっついて、配膳を手伝っていました。


私のその様子を、繋ぎのビールを飲みながら、にやにや笑って見ていたその男が、

「葵ちゃんはいいお嫁さんになるなあ…」
って言いながら

手を伸ばしてきて、私の背中を撫でたんです。

意味が分からないなりに、ぞおっ…としました。
正に「総毛立つ」という奴です。


反射的に男の手の届く範囲から逃れ、母の背中にしがみついて隠れると、
母の後ろから顔だけ突き出し、精一杯声を張り上げて、

小父さんなんか大っ嫌い!私からお母さんを取り上げておいて!
今すぐこの家から出てって!!
…って、無我夢中で相手に向かって叫び立てました。

ちょうど、生まれて初めて蛇に出くわした子猫が、相手の正体を知らないながらに、必死で全身の毛を逆立てて威嚇する、あんな感じでした。


当然の反応かも知れませんが、

男は「この餓鬼、…生意気言いやがって!」って激昂して、

母は、…「あなた!?…葵!?」って、ただただひたすらおろおろするばっかりで…。


何度も申し上げた通り、当時の私はほんの子供でしたけれど、

それでもその時、
その家、…物心の付く以前からずっと、その日まで暮らしてきた、その隣町のマンションの一室と、

それから、…それこそほんの幼い子供なりにですけれども、
本当に大好きだった私の母の、…彼女のこの先の人生には、
少なくとも、今までみたいな自分の居場所はもうないんだ…って、それはもうはっきりと悟りました。


私は、自分の部屋に駆け込むと、
さっき脱いだばかりの上着とマフラーを手早く身に着けて、

その頃、祖母に貰って、気に入っていつも持ち歩いていた巾着の手提げに、
身上…全財産の入ったお財布、
…お財布ったって、たかだか小銭入れですけれど、
それだけ放り込むと、

自分を呼ぶ母の声を背に靴を突っ掛けて、
玄関を、銃口から発射された鉛玉みたいに飛び出しました。

玄関の扉の向こう側からは、
あの男の「放っとけ!…そのうち腹を減らして帰ってくる」っていう捨て台詞と、
それに何やら返答する母の声が聞こえました。

幼な心に、たとえ餓え死にしてでも絶対に帰るものか…と思いました。



食べ盛りの子供の上に、夕飯を寸前で食べ損ねたことで、
お腹が減って本当に目が回りそうになりましたけれど、

それでも子供ながらに、無理にも心を奮い立たせて、
最寄りのバスの停留所まで懸命に歩きました。


幸い夕方のことで、
目当ての隣町…つまりこの町を経由するバスは、
割とすぐにやって来ましたけれども、

休日ダイヤで、普段よりも便数は少ないということもあって、

バスが来るまでの間は、冷たい初冬の風に震え、
「つ離れ」もしていない子供にとっては暴力的とも思えるような、
行き過ぎる車のヘッドライトの光と、夜の上空を渡る木枯らしの音に怯え、

まだ夕方の五時前だというのに、一刻一刻と濃くなりまさっていく宵闇への、
原始的…と言いますか、ごく本能的な恐怖と戦いながら、
口をひたすら真一文字に引き結んで、バス停に突っ立っていたのを憶えています。



([作者より]
こちらまでお読み下さり、有り難う存じます。
m(_ _)m

物語はこの先も続きます。
引き続きご贔屓の程、よろしくお願い申し上げます)

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