夏の夜は魔法がかかるというけれど。
当時、mixiというSNSツールが流行っていた。
思えば大学の入学式で、同じ学科の友達が1人も出来なかったわたしは、翌日早速mixiで出会った子と大学の門の前で待ち合わせをした記憶がある。
その子とは10年以上経った今も、連絡を取り合う仲である。
そんな懐かしい思い出になるmixiに、忘れられない思い出がひとつある。
いつからか、やりとりするようになった同じ学年の男子。言葉遣いが丁寧で知的な感じが、とても新鮮だった。8月も半ばを過ぎた頃。なんの話をしていたのか忘れたが、会おう、ということになった。単純にドキドキした。彼との連絡ツールは、mixiと電話だけだった。
桜木町駅で待ち合わせをして、夜ご飯を食べた。「食べるの、ゆっくりだね」そこで初めて気がついた。緊張していると、ご飯は喉を通らなくなる。彼が時折箸を置いて、わたしのペースに合わせて食事が進んだ。食べ終わると他愛もない話をしながら、山下公園まで歩く。空いているベンチに座って、また話す。彼の話は、知らないこともあれば、論理的すぎて言い返したくなることもあった。当時のわたしは短大生というレッテルを貼られるのが嫌で、やたらと人の物言いに敏感だったのだと思う。彼はそんなわたしのことを気がついていたのではないか。どんなわたしの言葉にも真摯に耳を傾けてくれた。何故、と彼に言われることもあれば、わたしが彼に問いかけることもあった。
彼とは、何度か2人で会ったし、時に友達を紹介することも、されることもあった。お互いが30になってもフリーだったら、彼は良いパートナーだろうとうっすら思っていたし、彼も思っていたらしい。でも、世の中そんなにうまくは回らないのだ。
彼とは、付き合えない。これがわたしの出した結論だった。その後出会ったどの男性よりも彼の前にいる自分は、一番正直でいられる人だったのに、当時のわたしは幼かった。ただただ、幼かった。
一度だけ、出会ってから5年が経つ頃だっただろうか、彼と寝泊まりをした。1番大切な男友達を失ったと思った。あのタイミングでわたしは逃げた。彼が、急に男性に見えたからだ。以前の彼なら、エスカレーターで髪を触ってはこなかった。顔を近づけるようなこともなかった。あんなに、男を出すことすらなかったのに。たった一夜の出来事が、わたしと彼の関係を変えてしまった。
それから程なくして、彼は結婚した。なのに、彼の結婚に動揺するわたしがいた。数年がかりで気がついたのだ。わたしは、彼を好きだったし大切に想っていたことに。
彼がわたしにいつだか言った言葉がある。
「俺らのタイミングって、毎回少しずつズレてるよね」
その通りなのだ。恋愛のほとんどはタイミングでできていると思っている。だから彼とわたしは恋人同士にはならないのだ。そんな、夏の夜から始まった少しだけ昔のほろ苦い話。
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