3400万円を持って死んだ身元不明の遺体 『ある行旅死亡人の物語』を読みました
概要
読書感想文
現金3400万円を持っていた「田中千鶴子」らしき人が発見されたアパートは、風呂の無い、殺風景なアパートだった。
大金を持っていながら、なぜ安い賃貸に住み続けていたのだろうか。また、謎は他にもあった。
彼女には、住民票が存在しなかった。免許書や保険証など、身分を証明する物も持っていない。「田中千鶴子」という名前は、通帳などから推察して、「恐らくこの女性の名前だろう」となっているだけ。しかし、その説を否定するような所持品もあった。それが、『ロケットペンダント』だ。
彼女は、星マークのペンダントを持っており、そこには「141391 13487」と書かれた紙切れが隠されていた。そして、1000ウォン札(韓国の紙幣)も持っていた。この事から、韓国や北朝鮮の工作員・スパイなのではないかという説が浮上する。だから、「田中千鶴子」という名前は偽りの身分で、本名の特定に至るのは難しいと考えられる。
彼女が裏社会系の仕事に従事していたと考えると、大量の現金を持っていた事や住民票などの身分証が無い事にも、つじつまが合う。韓国の紙幣や暗号の書かれた紙を持っていた点などからも、推察できる。
因みに、彼女が住んでいたアパートは「錦江荘」という名前。関係ないとは思うが、韓国には同じ名前の川が流れている。
錦江荘は他の賃貸ほど厳重な審査もなく、前の住所すら書かずに契約できたようだ。あえて言葉を選ばずに言うなら、「杜撰」である。
彼女が多額の現金を所持していながら、厳重なセキュリティのマンションなどに引っ越さなかったのは、こういう所でもなければ住めなかったからではないか。
彼女は携帯電話を持っていない。連絡手段から交友関係を洗い出せるものだが、そういった事も出来ないようになっていた。これも賃貸契約同様、信用情報が必要になってくるものだ。
恐らく彼女は、引っ越したくても引っ越せない事情があったのだろう。
その事情も、恐らく表立っては言えないものだ。そうでもなければ、身元が分かるものを一つも持っていないのはおかしい。
これを読んでいる貴方も、自宅のクローゼットを漁ってみてほしい。保管しないといけない書類などに、自分の個人情報が書かれているだろう。そういったものは誰しも、家にあるはずなんだ。なのに、この女性は持っていなかった。
これは、「意図的に自分の個人情報を隠している」と言えるのではないだろうか。
何故そこまでして、彼女は自分の事を隠そうとするのか。
――その理由はただ一つ。彼女が、韓国か北朝鮮の工作員・スパイだったからではないか。
そういった結論に着地するのである。
少し本題から逸れるが、彼女には、ぬいぐるみで遊ぶ趣味があった。それは遺留品からも推察できる。
彼女は大きい犬のぬいぐるみに「たなか たんくん」と名付けて可愛がっていた様子が、写真に残されている。
因みに、「たんくん」という名前は、人名はもちろんだが、ぬいぐるみに付ける名前としても、あまり馴染みがないものではないだろうか。
この点について本著では触れられていなかったので、私なりに調べてみた。
「たんくん」は、韓国語に存在する言葉だった。
これともう一つ。
これは私が推している「韓国か北朝鮮の工作員・スパイ説」を前提としたものだが、もしそうなら、この上記二つのどちらかを意味した名前ではないだろうか。
因みに、著者はそれほど裏社会系の説は支持していない。また、本の中では、ちゃんと身元が判明している。
――彼女は、「沖宗」という印鑑を持っていた。
「なんだ、身元が判明したならいいじゃん」で終わりにはならない。まだまだ謎が残る。
賃貸契約書によれば、契約したのは「田中竜次」という男性で、沖宗千鶴子さんではなかった。だが、実際住んでいたのは恐らく女性一人。しかもその女性は、闇医者を利用した形跡があったり、身分を証明する物が無いし、あまつさえ多額の現金を所持しているなど、普通ではない点が多い。
もっと言うと、「田中竜次」なる人物の写真も残されていたが、神社仏閣で撮影されているものが多い。この点について、著者はこう言っている。
これに関しては、著者の調査不足ではないだろうか。
神社や寺院は、韓国と関係しており、その歴史は古い。
例えば、私は神社の境内にある蕎麦屋で働いていた事があるが、そこの宮司を代々務める家系は、帰化人だった。つまり、元を辿れば朝鮮人なのだ。だから、神社を好んで訪れていたからといって、韓国と関わりが無いとは言い切れない。むしろ、「あったのではないか」と考えて深堀りするべきだった。
数少ない写真のうち、その殆どが神社仏閣などにあたるのなら、この場所に何かしらの深い意味があると考えるのが自然ではないだろうか。
この本では、「田中千鶴子さんは沖宗千鶴子さんだった」という事実を突き止め、話が終わっている。
多額の現金や暗号、身を隠して生きてきた謎などは解明されぬまま。すっきりと結末を迎える本ではなかったが、大変興味深い内容になっており、一読の価値があると実感した。