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皆様こんにちは。今回のすくナビの担当は、竹村豊です。
 
今回は“教えて!近大先生”です。小児科の外来でよくいただくご質問にお答えするシリーズです。

今回のご質問です。
 
「10歳の男の子です。牛乳をのむと下痢するのですが、アレルギーですか?」

早速ですが、結論です。

「乳糖不耐症だと思われます。免疫の反応が関係しないので、アレルギーではありません。」

となります。
この結論にいたった理由について3つにわけてお話しします。

 

  1.  乳糖不耐症は、牛乳をのむと腹痛や下痢を生じる状態で、乳糖を分解する酵素が少ないことにより起こる。

  2. 牛乳アレルギーは、免疫=IgEが関与し、消化器症状以外に皮膚症状もでることが多い。

  3. 乳糖不耐症が治る確率は低いが、工夫することで摂取できる場合もあり、摂取し続けると改善する場合もある。

1. 乳糖不耐症は、牛乳をのむと腹痛や下痢を生じる状態で、乳糖を分解する酵素が少ないことにより起こる。

まず乳糖とは、牛乳や乳製品、母乳などに含まれる成分です。牛乳をのむと甘みを感じますよね。その甘みのもとこそが乳糖です。乳糖不耐症とは、乳糖を分解する酵素が少ないため、乳糖が吸収されやすい形状にならずにそのままおなか(大腸)へいき、うまく吸収されずにおなかが痛くなったり、下痢したりする状態です。
少しくわしく説明しますね。乳糖(ラクトース)はグルコースとガラクトースから成る二糖類です(下図)。この二糖類のままでは、我々の体へうまく吸収することができません。大腸に入った乳糖は腸内細菌により発酵分解されます。その過程でガスや有機酸などが生成され、浸透圧が上昇します。その影響で大腸内に水分がたまり、おなかが痛くなったり下痢したりすると考えられています。

乳糖の分解(著者作成)

しかし、赤ちゃんの栄養は母乳やミルクだけなので、これらから栄養をとるしかありません。そのため赤ちゃんは、小腸から乳糖を分解する酵素が分泌されています。その酵素をラクターゼといいます。ラクターゼの作用により乳糖を分解して、栄養として体内に取り込まれるのです。人間の体ってうまくできていますよね!ところが、このラクターゼの産生量は、成長とともに減少します。そのため、幼児期以降に牛乳を摂取しておなかがゴロゴロとするひとが多くなるのです。
また、ラクターゼの産生量は、地域や民族により差があるようです。日本を含むアジアでは、ラクターゼ産生が低下する人が多く、欧米では成人になってもラクターゼを産生できる人が多いです。すなわち、アジア人は牛乳や乳製品を摂取すると下痢や腹痛が出る人の割合が欧米人に比べて多い、ということです。ちなみに、お酒をのめないのもアルコールを分解する酵素がない(または、少ない)ことによるので、乳糖不耐症と症状の成り立ちは似ていると言えます。
また、生まれもってラクターゼ活性が低下することで、新生児期または乳児早期に、哺乳後数時間ないし数日で著しい下痢を呈し発症する先天性の乳糖不耐症という病態もあります。乳糖の摂取を中止し、症状が改善することで概ね診断が確定します。その他、胃腸炎などにかかった後に一時的にラクターゼの活性が低下し下痢がでる場合もありますが、この症状は一過性で改善します[1]。

様々な乳製品

2. 牛乳アレルギーは、免疫=IgEが関与し、消化器症状以外に皮膚症状もでることが多い。

食物が原因で、体にとって不利益な症状がでる代表的な疾患に、食物アレルギーがあります。本ブログの質問そのものですが、食物アレルギーと不耐症は何が異なるのかというと「免疫」の仕組みが関係するのが食物アレルギーで、関係しないのが不耐症です。「免疫」というと急にこのブログを読む気がなくなった方もいるかもしれませんが、これからなるべくわかりやすく説明します!
「免疫」の働きには様々なものがあります。代表は病原菌に対する働きでしょう。何度か同じ病原菌にかかると我々のからだの中で、その病原菌をやっつける「力」がつくられます。その「力」があるので、この病原菌をたおす薬がなくても、病原菌をやっつけることができます。この「力」こそが「免疫」です。
アレルギーもまた、免疫が働く代表的な疾患のひとつです。アレルギーの免疫におけるキープレーヤーをIgE抗体と言います。IgE抗体は体内に入った原因食品(アレルゲン)とくっつくと(下図①)、ヒスタミンを代表とするアレルギー物質が放出されます(下図②)。

IgE抗体とヒスタミン(著者作成)

このアレルギー物質が体中に不利益な症状を誘発させます。それは、おなかの症状だけではなく、皮膚症状や呼吸器症状なども誘発されることが多いです。乳糖不耐症で生じる下痢や腹痛は、食物アレルギーの症状でもありますが、食物アレルギーの場合、9割程度の方が皮膚症状も同時に出現します。逆に皮膚症状がなく、おなかの症状だけがでた場合は、乳糖不耐症も考える必要があります。なお、複数のアレルギー症状が同時に急速に進行し、時に生命の危機を招く状態をアナフィラキシーと言います。そのため、食物アレルギーの方が一般に症状は重く、対処に急を要する場合が多いです。
また、筆者の経験上は、牛乳アレルギーの方が少量で症状がでる印象があります。牛乳アレルギーでは10ml未満で症状がでる方が多いのに対し、乳糖不耐症では50-100ml以上で症状がでる方が多いです。

3. 乳糖不耐症が治る確率は低いが、工夫することで摂取できる場合もあり、摂取し続けると改善する場合もある。

では、乳糖不耐症が自然に軽快したり、治療により改善したりすることはあるのでしょうか?
残念ながら自然に軽快する確率は低く、ブログ記載時点で有用な市販薬は日本で販売されていません。医療機関では、乳児の乳糖不耐や経管栄養食や経口流動食など摂取時の乳糖不耐により生じる下痢などの改善を目的に、乳糖を分解するβ-ガラクトシダーゼが処方されることがあります。
その他に治療法として、乳糖を継続して摂取しながら、摂取量を少しずつ増やすと、下痢などの症状がなく摂取量を増やすことができる、乳糖漸増摂取法が報告されています[2]。ただし、まだ確立された方法とは言えず、誰でもどの状況であっても行なうべき治療法、とは言えません。
その他、牛乳をあたためることや、数回にわけてのむこと、牛乳ではなくヨーグルトで摂取することなどは症状を和らげることが多いので試してみると良いでしょう。乳糖不耐症の方であっても、強いおなかの症状がでなければ摂取を継続することで、乳糖分解性の腸内細菌が増加して腸内環境が改善され、乳糖の分解や代謝を増進させることができると考えられています。さらに、乳糖分解牛乳を使用するのも良い方法です[3]。乳糖分解牛乳は本邦でも発売されています(下図)。

(雪印メグミルクHP、https://www.meg-snow.com/milk-concept/accadi/)

また、海外では前述のβ-ガラクトシダーゼを含む錠剤が市販されており、一般に用いられています。

(Lactaid®︎HPより、https://www.lactaid.com/)

日本でもこの様な製剤が発売されると乳糖不耐症で困る方の助けになるかもしれませんね。

ここまでのお話で、牛乳をのむと下痢するのですが、アレルギーですか?の回答が「乳糖不耐症だと思われます。免疫の反応が関係しないので、アレルギーではありません。」とお答えした理由がご理解いただけたでしょうか。
この様な話を直接聞きたい、または実際に乳糖不耐症または牛乳による食物アレルギーの疑いがある、すでに発症していて困っている、という方は近畿大学病院小児科を受診してください。また、受診の希望はないけど、ご質問やご意見などがあれば、このブログにコメントをいただければ「すくナビ」を続けていく上でとても参考になるので、どうぞよろしくお願いします。
 
近畿大学病院小児科では「健康について知ってもらうことで、こどもたちの幸せと明るい未来を守れる社会を目指して」をコンセプトに、こどもの健康に関する情報を発信しています。これからもよろしくお願いします。

竹村 豊

参考文献:
[1] 一般社団法人 Jミルクよくわかる!乳糖不耐
[2] 長谷川茉莉他、第50回日本小児消化管機能研究会
[3] 斎藤忠夫、畜産技術 2021、29-34


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