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塾で過去問指導をするのはダメなのか?

本日(1月25日(水))、西日本新聞の朝刊に「入試の内申点対策 過去問収集 中学テスト塾で丸暗記? 「本当の学力身に付かない」」という記事が掲載されました。

はたして、定期考査(中間考査や期末考査)の前に、塾で中学校の過去問を解くという学習が悪なのか?

記事の概要は以下である。
①「中学校の定期テストの問題を集めて保管し、「過去問」として生徒に解かせる指導が」「複数の学習塾で常態化している。」
②「「入試に向けて内申点を上げる必要がある」「保護者が要望している」」「塾の側は口をそろえた。」
③「福岡県教育委員会によると、」「内申点をどの程度重視するかは高校で異なるが、定期テストの点数が良ければ有利になる。」
④「塾経営者は「反則技だが、受験を勝ち抜くにはやむを得ない」と話す。」
⑤「40代教員によると、」「時間と労力の負担が大きいこともあり、完全に変えるのは難しい。」

実際に、過去問を中学校の定期考査対策とすることは効果があるのだろうか?
多くの塾がこの方法を採用していることから、ある程度の効果があると考えられる。また、多くの学校で、定期考査の前に、「試験対策」と称して、その後の試験と同じような出題軽視に問題や数値を変えただけの問題を事前に数多く解いて、パターンや答えを覚えるという練習を多くの方が経験しているでしょう。
知識・理解を問う問題では、このような事前対策が、定期考査の成績を上げ、内申点を結果的に上げることに、一定の効果があると思われる。
一方、中間・期末考査の問題は解けても、出題範囲の広い実力テストや外部模試になると途端に点数が取れなくなる生徒も多い。これらのテストで出題される問題では、思考力・判断力・総合的な知識運用力などを問う出題の割合が多くなるためだ。
「真の学力」を身につけるという意味では、この様な試験対策はお粗末かもしれない。
結果として、定期考査が終わるとすぐに忘れてしまうような無意味な知識を一生懸命、努力して覚えようとしているだけではないのか?

でも、問題は別のところにあると考える。
1)そもそも、過去問を数年分解いただけで、得点が上がるような試験問題が、生徒の普段の学習の成果を計る評価方法(テスト)として妥当であるのか?
出題する中学校の教員が、評価や作問方法について、もっと学ぶべきではないか?
「学習者が身につけることができる能力は、評価者の能力を超えられない」のであるならば、日頃から授業を担当し、テストを作問する教員が評価について、もっと学ぶべきではないだろうか。
更に悪いことには、評価方法を学んだ先生が作った問題の出題意図を、評価について全く学んだことがない無知な教員には理解できないことである。結果として、評価方法について学びその成果を日頃のテストに反映させるような努力をしても、複数の教員が同じ教科・科目を担当し、試験問題の作問を分担する場合、試験前の問題検討会で大きな問題となることが多い。議論をしても、相手は、議論できるレベルにないのだから、徒労に終わり、結果として、「無難な例年どうり」の出題になる場合が多い。

2)そもそも、十分な指導計画の元に授業を行い、適切な時期に、適切な方法で評価することができているのだろうか?
年間指導計画は、新年度の多忙な時期に作成をしなければならない。
何を、どんな方法で、どの程度教え、その結果、生徒はどのような力が身につき、それをどのような方法で評価すれば、適切な評価ができるのかを考えることは、教育の基礎の基礎である。
しかしながら、多くの教員は、各教科・科目の指導計画を検討し、作成する十分な時間を持っていないである。
そのため、昨年度と同じものにしたり、教科書の指導書の「指導事例」をそのまま、コピペしたいというする誘惑には勝てない。
結果として、年間指導計画は「絵に描いた餅」となり、授業は出たとこ勝負、試験範囲も進んだ所まで、そのため、定期考査の問題も去年と同じになってはいないだろうか?
「行き当たりばったりの仕事」に、改善などあるはずがない。
ここにも、教員の多忙の問題が影を潜めている。

3)最近、「業務の効率化」のため、ほとんど全ての教員が、教科書会社が作成した指導書を活用し(見)ながら授業している。
この指導書であるが、各教科数万円の値段がついている。
なぜなら、この指導書は至れり尽くせりなのだ。
授業に使える板書の例や、プレゼンテーションデータもついている。
これを使えば、授業準備は、その教科を初めて教える教員でも「楽勝」である。
また、「評価問題集」なる、定期考査の出題例もデータで収録されている。複数の出題例が、複数の難易度に分けて収録されている。これを使えば、問題作成は省力化でき、「仕事の効率化」に大きく貢献するとの現場の声を聞く。
しかし、授業づくりや、評価の作問づくりが、指導書の丸移していいのだろうか?
わかりやすい授業、各教科の神髄に迫る授業、これらの部分が教員としての力量が最も問われるべきではないだろうか?

最悪なことに、この指導書を塾に販売している教科書会社もあると聞く。
その教員の過去問を見れば、その教員がどの程度、この指導書データを活用しているかが一目瞭然である。
そんな教員が作る定期考査の問題は、塾からすると、的中率100%だろう!

結論として、過去問題集を生徒に解かせる塾の姿勢が問題ではなく、塾が過去問を収集し、定期考査対策を行っていることを知りながら、適切な問題づくりができない中学校教員の資質・能力や姿勢の方が問題である。
また、中学校教員に、評価方法について、十分な研修を行えていない、教育委員会や教育センターの研修内容にも課題があるようだ。
そもそも、わからない、できないのであれば、改善のしようがない。
塾を責める前に、見直すべき課題はそこでは?と考える。

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