箍[タガ]/Vanishing point
放送があった。
テレビに限らず、動画サイト、SNSのほぼ全て。
ほんの一時、時間にして十五秒間。
砂嵐の音声。
雲一つない青空と、緑の草原。
直後に蝋燭の火。水が降り注ぎ、火は消え水は滴り、床に水が拡がり、水溜まりが迫ってくる。
最後のコンマ三秒。黒い影が「エックス」を描き、放送は終わった。
それ以来、
考えることがなくなった。正確には、[箍]が外れたように振る舞うようになった。気分よく、遮るもののない世界が、とめどなく広がるようだ。
言葉が過ぎる上司を我慢することなく、頭をかち割ってやった。
街で見かけた、いい肉付きをした女をトイレに連れ込み、犯した。
欲しければ盗むか、奪うかすればよい。嫌な仕事はやめて、自由気ままな生活が始まった。天国だ。もう悩み、戸惑うことはないだろう。
部屋のベランダにでると、背広の男が白昼堂々、女子高生に覆いかぶさっていた。
「自由だなぁ。俺も参加したいな、しようか」
すぐに靴を履き、アパートの階段を下る。バールを携えて。
(犯すなら、あの男は邪魔だ。やってしまおう)
青年は、背広の男の後頭部にバールを振り下ろした。幾度となく、抉る。
血と骨が飛んだ。女子高生の手を引く。しかし、女子高生は躊躇うことなく、その手に咬みついた。
「何をするんだ」
青年は頭に血が昇り、女子高生の頭蓋をバールで粉砕した。せっかくの若い女だ、勿体ないと、当然、躊躇うことなくアパートの外壁の内側に引きずり込み、犯した。息が上がり、疲労感を覚えた青年は二階の自室に戻った。
ベッドに身を預けると、
[箍]の外れた頭で、思い至った。
(あの放送。世の中のどれだけの人間が見たのだろう。そもそもどこの誰が、なんの目的で―――)
翌朝、
激しいノックの音で目覚めた。眠りを妨げられ苛々を引きずりながら、玄関までやってきて、覗き窓を覗く。
そこには、大家の、六十代後半の爺さんが立っていた。
「家賃。先月、滞納したね。払ってもらう」
手には、包丁があった。そう認識した次の瞬間、熱い感覚が腹部を襲った。鮮血がぼたぼたと零れて、コンクリート敷きの床が赫く染まる。
「糞爺め」
青年は台所の包丁を手に取り、大家の包丁を蹴り上げて、腹部を蹴り飛ばした。転倒した大家に馬乗りになり、あらんかぎりの力で滅多刺し。
大きく振りかぶって、喉に、刃先を、ぶち込む。そのまま立ち上ると、階段をくだって走り出した。
街中の誰もが、何物にも、理性にさえ抑え込まれず自由に振舞っていた。青年は制限なき秩序なき世界で、[箍]の外れた妙に穏やかな心地よい野生に恍惚を覚え、青空はどこまでも青く、どこまでも駆け抜けた。
バニシング・ポイント[消失点]に向かって。