文章は「こころ」のプレゼント
誰のためでもなく
自分のために文章を書いている
だけど
文章を書くときには
いつも「誰か」が心の中にいて
その誰かを愛おしく想うときに
言葉はあふれる
そうして大切に綴った文章は
noteに大切にしまってある
だけど
ふと「誰か」と話していたとき
あっ!
と思い出す。
あのとき、あなたのことを大切に想って
言葉を綴ったんだよ、と。
そして、少しだけの恥ずかしさと緊張を乗り越えて、伝えてみる。
「あなたのことを綴った私の文章、もしよかったら読んでください」
まるでそれは、ラブレターを渡すときのようなドキドキ感。
あるときは、先輩のお母さんへ。
この文章を書いた約2ヶ月後にプレゼント。
そして、先日は親戚のおばちゃんへ。
10年以上前に亡くなったおじちゃんのことを書いた文章を約3ヶ月後に。
二人とも、とてもとても喜んでくれた。
おばちゃんは、嬉しくてすぐに息子たちにもこの文章を送ってくれた。感動して涙が出たと言ってくれた。
わたしはずっと「手作りのもの」を誰かにあげられる人に憧れていた。
お裁縫やパン作りが得意な母を近くで見てきたからかもしれない。
私には何もあげるものがないなぁと思っていた。
だけど、自分が書いた文章を読んで
こんなにも喜んでくれる人がいたことで
もしかしたら
文章は「手作り」のプレゼントになるのかもしれないと思った。
そしてそれはモノではなく、「こころ」のプレゼントだ。
嬉しかった。
私の好きな「書く」ことで
誰かを喜ばせたり
幸せな気持ちにしたり
そんなことができるのかもしれない
そんなことをしていけたら嬉しい
「これからも書き続けてね」
「楽しみにしてるよ」
そんな言葉を大切にしながら
私は私の心を文章というカタチにしていこう
書くことは、楽しい。
久しぶりにそう思えた、雨の夜。