10年ぶりの再会で感じた教師の魅力と私の現在地。
寒空の下、ドキドキしながら飲み会の会場に向かった。
今日は、教員時代の同期の同窓会だ。
私たちは12年前に教員採用試験に合格し、大分市に採用された35人だった。
当時まだ狭き門だった教員採用試験。
5、6倍の倍率で試験に受かった私たちは、結構やる気に満ち満ちていた。
しかし、それを上回るくらいやる気満々だったのは、大分市教育委員会の指導主事たち。
私たちの「担任」のような存在の指導主事の先生が今回「校長先生就任」ということで、お祝いの場が開かれたのだ。
年末に突然グループに招待され、入ったものの飲み会は少し気が重かった。
みんなはあれからずっと教育現場で働いていて、年齢の高い仲間は教頭試験が近づき、同じくらいの年の人は教育委員会や附属小学校でバリバリ働いている。
私はと言えば、夢に向かって退職して学校をつくったものの、またまた今は無職状態。
うーん。
どうしようかなぁ。
参加を迷っているうちに、締め切りを過ぎてしまった。
でも、せっかくのご縁だし、日程的に行けるならいこうと勇気を出して行くことにした。
「おおお〜久しぶり!!」
10年ぶりの再会に懐かしさで胸がいっぱいになる。ただこの10年間色んなことがあり過ぎて、みんなの名前をほぼ忘れていた。笑
校長先生になった先生が、当時の名簿を持ってきてくれてて助かった。その名簿を見ているとだんだんと記憶が蘇ってきた。
宿泊研修で女子の部屋に入って
怒られた同期の話や
民泊研修の発表会で
バカンスみたいなプレゼンをして
注意を受けた話
飲み会での珍事件や
授業の立候補がなかなか出ずに
こっぴどく怒られた経験
色々思い出しては
みんなでめちゃくちゃ笑った。
とても楽しかった。
二次会に行く途中、同期の一人が話しかけてくれた。
その同期が6年前から県教育委員会の学力対策支援班の担当として働いていると聞いて、とても驚いた。
私は「学力向上支援」の流れに一番反発していたので、所謂「敵」みたいな立場の同期。笑
職場では、大分県の学力が数ポイント下がると「どうしてこんなことになってるんだ」と上の方からお咎めを受ける立場らしい。
「私さ、ほんと県の学力向上対策とは真逆の活動してるわ。ごめんね。笑」
冗談混じりで彼にいうと、彼は
「いやいや、学力なんかより、そっちの方がよっぽど大事やん。そんな毎年子どもたちの実態も違うのに点数や数値を上げ続けようなんて考える方がおかしいやん。立場上、俺も対策せざるは追えないけど、ほんと馬鹿馬鹿しいと思うよ」
……驚きだった。
私は無意識で、「県教委は現場のことなんもわかっとらん!」と決めつけていたからだ。
彼に決めつけてたことを謝り、さらに聞いた。
「でもさ。県のお偉いさんもなんでそんな簡単なこともわからんの?」
すると、
「いや、みーんなわかってるよ。みんな数値なんて意味ないとわかってて、それでも立場上やらんといけなくてやるんよ」
わからなくなった。
「え、じゃあ誰が悪いの?国?」
「うーん、誰も悪くないんじゃない。まぁ、国、なのかなぁ……」
冷たい風がびゅうびゅう吹いている。
だけど、なんだか心はポカポカしていた。
みんな、あったかい人間なんだな。
同期が県庁で頑張ってんだな。
それを知ることができただけで、なんだか嬉しかった。
「そういえばさ、あなた宿泊研修の時、遅刻ギリギリで滑り込みセーフできたよね。こん人やる気ねーな〜って思ってたわー笑」
爆笑。
自分では全く覚えてないけど、研修全般、やらされることに反骨精神剥き出しだったあの頃の私が蘇る。
「だから、教員辞めて学校つくってるって噂で聞いて、おお、やっとんなぁーって思ってたよ」
そっかぁ。
知らないところで、同期がそんなこと思ってくれてたんだな。
なんだか、嬉しいな。
電車の関係で、二次会は最後まで居ることはできなかった。
でも、帰りの電車の中で「行ってよかったな」って思った。
「いつでも現場に戻ってきてよ!」
そう言ってくれた同期たち。
「もう、毎日ほんとに大変よ」
そう言って笑う同期たち。
現場で子どもたちと共に過ごしている先生たちのかっこよさがそこにはあった。
いいな。
やっぱり、先生っていいな。
10年ぶりの同期の姿は
私の心をぽかぽか温かくしてくれた。
みんな、がんばってる。
私も私にできることを楽しみなら、やっていこう。
そしてまた、みんなに良い報告ができたらいいな。