ミモレ丈のスカート
その光は、生活リズムの乱れにより赤く染まった私の眼球には刺激が強すぎた。
部屋のカーテンを開けたのは何日ぶりだろうか。昨日まで一週間以上も雨が降り続き、それは今の私の内面を暗喩しているようで、とても外の景色を見る気分にはなれなかった。
「明日美ー、クラスメイトが来たわよ」
母親の声で、私がずっと学校に行っていないことを思い出す。いじめ、友達の裏切り、人間不信。その三重苦は部屋から一歩踏み出す勇気さえも奪った。
「だれー?」
「なんか木更津君とか言っていたわよ。入れても良い?」
「5分だけ待って!」
その名前は私の思考回路を混線させたが、とにもかくにも今の部屋着姿を見せるわけにはいかないことだけは瞬時に把握した。箪笥の中で冬眠ならぬ梅雨眠をしていた洋服たちを引っ張り出し、限られた時間の中で紺のブラウスと白のフレアスカートを選び、無難にまとめた。
「こんにちは」
「ちょっとお母さんノックぐらいしてよ……はっ」
木更津君だった。ずるいよ、私の許可も無く勝手に。まだ3分47秒しか経っていないし、部屋の片付けを僅かに残していた。
「ほら、休んでいた間のプリント」
「あ、ありがとう……」
不登校になって早14日、木更津君に会えないことが唯一の後悔であることに私は気付いていた。
「あれ? 何だよこのカタログ」
机の引き出しにしまおうとした美容外科のカタログを、木更津君は見つけてしまった。
「せめて二重にしたいの。それだけなら親もOKしていて」
「へぇ……てかお前、髪下ろしていたほうが可愛いよな」
今度は胸の鼓動が鳴り始めた。ずるいよその言葉は。学校では常にポニーテールの私を全否定しつつも、ホラー映画の貞子みたいに長い髪をありのままにしている今の私を褒め称えてくれている。
「そう? ストレートはお化けみたいで嫌なの」
「そんなことねえよ。ホラ、奈津子だっていつもストレートだろ?」
ああ、やっぱりあなたはその名前を口にする。木更津君には既に同級生の彼女が居た。私にとってポニテは奈津子への対抗心の意も含まれていた。否、嫉妬というほうが正しいのかもしれない。
「ま、プチとはいえ整形なんて早いよ。俺が決めることでもないけどさ、もう少し考えてみたら?」
その時の笑顔は、不登校になるまで毎日見ていたはずの木更津君の笑顔は、私の頬までを赤く染めた。
別に片想いでも良い。彼女が居たって仕方ないじゃない。
私はその笑顔を見るために、いじめも裏切りもずっと耐えてきた。明日からまた学校へ行こう。ミモレ丈のスカートに隠れた膝の赤いあざを押さえながら私はそう思った。
(Fin.)