イタズラなKiss 最終話の続き(3)
「おめでとー!おめでとー!」
「さっ、理美、じんこ。それにみんな」
後日、親友や看護科からの友達が、お祝いに入江家に駆けつけてくれた。
あたしは目から涙を垂らして、喜んだ。
「もう、びっくりよね」
「そうそう。赤ちゃんもだけど、琴子が母親なんてね」
「あの突き返されたラブレターの行きつく先が、入江ベイビーだとは、想像もしなかったわぁ」
「へへー」
理美とじんこの言葉に照れた。
「あんた達、ちっとも、そんなそぶりがないから、いつかは私が……なんて淡い期待を抱いてたのにっ」
「お前にベイビーは無理だろ」
「あらあ、差別よぉ!」
啓汰にモトちゃんが絡んでる。
「でも、悪かったわね。身重の琴子に、たくさん仕事押し付けちゃって……あたしもインフルだったし」
「まりな」
「でも、これで入江さんをガードする鉄壁が病院からいなくなると……」
「琴子も身重だしねぇ」
エっ!エっ!あたしは飛び交う問題発言にキョロキョロした。
「喜ぶ看護婦や患者さんもいるかもねー」
「そういえば、最近、奥さん妊娠中に欲求不満で浮気した芸能人がいたわよね」
智子が悪気なく、にっこりとつぶやいて、あたしは青くなった。
「しかし、どちらに傾くかよね」
理美の言葉に、
「えっ?」
あたしはきょとんとした。
理美が手を天秤のように構えた。
「あんたに似たら根性、入江くんに似たら知性と外見。天は二物を与えないっていうし。どんな子になるのか楽しみね」
「なるほどー。って失礼ね。あたしだって他にいいところがあるでしょー。確かに入江くんは二物も三物も持ってるけど」
「まあ、親目線でいったら、入江くん派かな~。手はかからなさそうだし。道を踏み外さないだろうし」
「じんこ……っ」
「何より、だんだんあの入江さんに似てくるのよ!年の差を越えて結ばれる愛!あたしにも、まだチャンスがあるかも知れないわ~」
「もっモトちゃん、落ち着いて。入江くんに似た女の子かもしれないし。何より琴子が姑よ」
「そっ、それは!」
「でも、男にしろ女にしろ、琴子。あんた、子供が小学校になるくらいには、あんたが説教される側になりかねないわよ」
「へっ」
うんうん。とうなずく一行にあたしは
「ちょっ、ちょっと~!」
「それは半分冗談として」
「半分?!」
顔を青くするあたし。
「琴子に似たら、うーん……」
ヒソヒソヒソ。声をひそめる一行にあたしは怒鳴った。
「なっ何よ!ヒソヒソと!聞こえる声でいいなさいよっ」
「いいんじゃない。琴子似の男の子でも、女の子でも」
「……啓汰」
「できの悪い子ほど、可愛っていうだろ。問題ない冷血人間よりも、できの悪い子が道を外しそうになった時、夫婦が助け合って、色んな壁を乗り越えながら、家族の絆を深めていくんだ。家族ってそういうもんだろ。それが!本当の家族の形だ!」
ジーンと理想に浸る啓汰。
「色々失礼ねっ!入江くんは冷血人間じゃないわよっ」
「一番難しいのは、琴子似の男の子よね。琴子には、天が与えてくれた入江くんがいたけれど」
「ドジで不器量の男を支えたいという、器の大きい女性がこの世にいるかどうか」
「うーん」
悩む一向に
「まあまあ、今はジェンダー社会よ。相手が女性でなくても、支えてくれる人(男)ならいるかもよ」
と、天使の笑顔の智子。
「そうよね!あたしみたいな、心が乙女の人間だって、チャンスはあるものね!」
「おかまの入江ベイビーか……」
「ちょっとぉ!なんなのよぉ!さっきから!ストレスも妊婦さんには、悪いんだからア!」
あたしは叫んだ。
「まっ」
「!」
「仕事のことは、いったん忘れて、あたし達に任せて。琴子と一緒に実習を越えてきた頼りになる仲間だから。あたし達」
肩に手を乗せ合い、ピースする同僚達に、琴子はホロリとした。
「入江さんも、お邪魔虫がつかないように、あたしらが見張るからさ。キャッ!」
「……」
「しっかし、すげーな」
壁には、墨書きの名前候補が書かれている紙がずらりと貼られ、床や棚には、ところ狭しとベビーグッズやおもちゃが積まれている。
「デジャブよね」
理美とじんこは顔を見合わせた。
部屋を見回した啓汰がいった。
「まだ男か女かも、分かんないってのに」
「うん。実は前に妊娠騒動があって、その時に揃えてもらったから、もういいですっていったんだけど」
「さらに増えてるわね。さすが入江家」
オルゴールが鳴って、くるくる回るメリーを見ながら、じんこが言った。
「琴子」
「理美」
理美がみんなから離れて、ベッドに腰かけた。
「みんな、冗談いってるけど、本気じゃないわ(きっと)。あたしもみんなも琴子を元気づけたいはずなんだけど、つい、いつもの調子になっちゃって」
「う、ううん」
「大丈夫よ。琴子。どんな子でも、きっと大丈夫。出会えるだけで奇跡なんだから」
「さとみ……」
「応援してるからね。あんたには、たくさん仮があるし。出産、育児は正直大変だから、まわりに十分甘えなさいよ」
「それに、夫婦二人だけで過ごせるのも、当分、今しかないかもね」
「……」
(そっか……)
ガチャ
「ただいま」
「あー!パパだー!」
「おかえりなさーい!入江パパー!」
歓声に慣れてる入江くんが目をつむる。
「琴子……」
「あ、いーの。みんなが遠慮してくれたけど、あたしがみんなの顔がみたくて、オッケイしたの」
「みんなの顔見たら、安心するっていうか、元気がつく気がして」
「ふーん」
「じゃあ、入江パパにバトンタッチして帰るか」
「じゃましたな、琴子」
「うっ。あたしの入江さんがっ……琴子+子供のものになっちゃうのね」
「モトちゃん」
外で智子が元ちゃんをなだめる声がした。
「あたし達も。じゃあね。琴子」
「あんたは自分のことだけ考えてればいーのよ」
「今まで、全力疾走だったんだから」
「う…うん」
あたしはパジャマ姿でみんなを見送った。
☆彡
(そーいえば、こんなの、初めてだなー)
ベッドで一人一息ついてから、あたしは考えた。
ほんとーに、入江くん、まっしぐらで……。
学校にも、仕事にも行かないで、花嫁修業もしない。ショッピングや遊びに行くこともない。
家のことも、お母さんがバッチリしてくれるし……。
むしろ、金ちゃん&クリスや、お父さんがつわり対策&妊婦用のメニューの差し入れをしてくれる。
「ううん!今はあたしは安静にすることが、仕事だわ!」
そう息巻いた後で、ふーっとため息が出る。
(支えてくれてる、みんなの笑顔が浮かぶ)
「何か、あたしにできること、ないかなー」
(赤ちゃんの抱っこの練習とか?いやいや重いものはだめか。母乳かミルクをあげる練習とか?)
……入江くんが、あたしとの赤ちゃんを抱っこしてくれるのかぁ。
ふふ。
あたしは子守唄を歌って、入江くんは高い高いをして、キャッキャッって笑う赤ちゃん。何とかちゃ~んって二人であやして……。
はっ!
「そ、そうだわ!」
☆彡
「入江くーん!入江くーん!」
「何?」
お風呂上がりで、タオルで髪をふく入江くんに、駆け寄った。
「入江くんは、男の子と女の子、どっちがいい?」
「どっちって…。そのうち分かるだろ。こちらが決められるものでもないし」
「だからァ、それを今考えるのが楽しいんじゃない。
あーそれか、生まれる時まで内緒にしててもらうのもいいわね。
男の子と思っていたら、
奥さん、元気な女の子ですよ!
なんてのもありかなー」
楽しそうにするあたしを尻目に、入江くんはスタスタ歩いてく。
「どちらでも、ベビー用品は足りてるみたいだけど」
「それで、あたし。決めたの!!」
あたしは、ガッツポーズで目を輝かせて天を見た。
「あたし、この子を名前を考える!!」
「……へぇ」
「世界に一つだけの、あたしと入江くんにふさわしい、世界一の名前を考えてみせる!!」
「それで、男か女かってか」
「うん!」
あたしは入江くんを覗き込んだ。
「だって、それが生まれた赤ちゃんに最初に贈るプレゼントでしょ!」
「あなたが生まれてくる前から、お母さんはあなたを愛してたのよって伝えたいの!」
あたしは目をキラキラさせてたと思う。
「ふーん」
得意顔のあたしに
「母乳ってのも、あるだろ。お前、それで大事なの」
「なっ!しつれーね!これは、これは、これからっ……」
「ま、いいんじゃない」
入江くんはにっと笑った。
「……!」
その笑顔にうれしくなって
「ねっ!そうでしょ!そうでしょー!いい案でしょー!」
あたしは、後を向いた入江くんの背中にまとわりついた。
「もう十分、お前の愛は伝わってると想うけど」
「え?何ー?」
あたしは有頂天になってて、入江くんのつぶやきは耳に入らなかった。