イタズラなKiss 最終話の続き(4)

「だから」

帰ってきた入江くんが、部屋を眺めた。

「何で女の名前ばっかりなんだ」

「えー、だってぇ」

名前を書いた習字紙が、もはや壁紙を圧倒し始めている。

「お母さんとあたしで決めてると、どうしても女の子よりになっちゃって」

えへへと、あたしは頭をかいた。

「あらぁ。お兄ちゃんは男の子希望なのぉ?」

ため息をつくお母さん。

「でもねっ!あたしには分かるのよ。今度こそ女の子よ!女の子に決まってるわ!」

「琴子ちゃんみたいに、明るくて、根性があって、かわいらしい子がいいわあ」

マア!お母さんたら、何ていいことを。じんこ達とは大違いだわ。

「そんな孫を、この手で抱けるなんて」

「おっ、おかーさ……」

ホロリとするお母さんにあたしまで、目頭が熱くなる。

「それにねっ!」

お母さんは、山と積まれた赤ちゃん命名ブックをびしっと指差した。

「この本たちの中でも、女の子の名前が圧倒的に多いのよ」

「陽菜ちゃんとか、愛ちゃんとか、小百合ちゃんとか。それに比べて男の子は!」

とろける顔のお母さんが、急に肩を落とした。

「何太とか、何也とか、何男とか、バリエーションが少くてぇ。つまらないのよねぇ」

「おかーさん、それはちょっと、全国の男性男子に、失礼では……」

なだめようとしても、お母さんは止まらない。

「画数や、陰陽五行もあるし、姓名判断してもらうのもありよねぇ。名字に合うかや、呼びやすさ、それにゴロも大切ね。あ、でも好きな漢字や言葉をいれるのも、いーわねぇ」

「あっ、それなら直子なんて、どうですか?入江くんの直に、あたしの子を取ってぇ。呼び名は、なおちゃんかなぁ」

「それだけは、やめろっ!!」

顔を赤くして怒りに振るえる入江くんに、一括された。

入江くんは、ふぅとため息をつくと、

「まあ、まかせるよ」

そういって、そっけなく部屋から出ていった。

「まぁ、お兄ちゃんたら、他人事じゃないのに」

(……)

閉じたドアと、名前の候補リストを見て、あたしは少し肩を落とした。

(入江くんは、男の子とか、女の子とか興味ないのかな。あたしたちの赤ちゃんなのに)

☆彡

入江くんが横になってるベットに入り込むと、あたしはさりげなく聞いてみた。

「い、入江くんはさ。あまり男の子とか女の子とか興味ない感じ……なのかな」

「それより、オレは早く、安定期に入ってほしいね」

「え」

「男でも女でもいい。元気に生まれてきてほしい。母子ともにね」

「入江くん」

端正な横顔から、にっとあたしに笑んだ。

「それに名付けは、お前の楽しみなんだろ」

(入江くん……)

その言葉に嬉しくなって、あたしは笑顔になって、布団にもぐりこんだ。

「今ねー。すごい名前もあるんだよ。樹里亜(ジュリア)ちゃんとか、玲央(レオ)くんとか。ジャングル大帝みたいよね。写楽(しゃらく)なんてつけたら、目が3つになっちゃったとか、笑い話にならないわよね」

「呼ばれて注目される名はごめんだね。診察でも、読みにくい。呼びにくい」

入江くんに話ながら、あたしは思った。

(入江くん、入江くん。大好きだよ)


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