英語&翻訳解説【Them Belly Full】
まず曲を理解する
この曲のテーマは「不平等」です。
「貧富の差」と言い換えてもいいと思います。
ボブはまず現代社会には満腹している人の傍らに腹をすかしている人がいると指摘しています。そして食べ物が満足に手に入らず怒っている人たちに「嫌なことは忘れて今は踊るんだ」と呼びかけています。
踊っても問題は解決しないし、飢えも解消しません。でも踊って問題や苦しみから短時間でも離脱することに意味があります。
どんなに厳しい状況でも生きていかなきゃいけない、絶対に絶望しちゃいけない、ハードな現実から距離をとってこころと身体を開放してパワーチャージしてまた明日から前に進むんだ。
それがこの曲のメッセージです。
踊るにはあまりに強烈な歌詞ですが、リズムが身体に乗り移って気がつけば身体が揺れているというボブにしか作れないタイプのダンスナンバーです。
英語表現と訳し方
Them belly full, but we hungry
完全にパトワです。
英米式の標準英語に直すと、Their belly is full, but we are hungryとなります。
パトワを使ってbe動詞を省くことによって巧みに長さ調節しています。
Bellyとは「お腹」のことです。
Stomachを柔らかく言うとbellyになります。口語的な表現です。
Mob
「群衆」とか「大衆」を指す言葉です。
「暴徒」という意味でもよく使われます。
ここでは「集団」を指しますが、彼らがangryになることによって「暴徒」化する可能性を示唆しているとも言えます。
A rain a-fall, but the doti tough
これも完全にパトワです。
標準英語に直すと、A rain will fall, but the dirt is toughとなります。
A-fallの「a」はパトワ独特の未来形で、意味はwillと同じです。
Dotiはdot isが連音化したものです。
Dotは英米式英語のdirtに相当します。
「泥」とか「汚れ」とか「土」という意味ですが、ここでは地面groundの代わりに使われています。
「雨が降っても、地面は固いままだ」はジャマイカ出身者なら誰でも知っている格言のひとつだそうです。
A yot a-yook, but you no 'nough
続くこのフレーズも完全なパトワです。
その上、ボブは意図的に音を変化させています。
まさしく翻訳者泣かせのフレーズです。
前半部分は通常のパトワでは、A pot a-cookとなります。
英米式の英語に直すと、Food is being cooked in a potとなります。
「鍋で食べものが煮られている」と言う意味です。
曲が進むにつれ、a yot a-yook、 a pot a-yook、a pot a-cookという風に少しずつ音が変化していますが、意味はすべて同じです。
Potをyot、cookをyookと言い換えたのはボブならではの音遊びです。
Yで始まる単語を並べて後半のyouと音を合わせたかったんだと思います。
ちなみに、合衆国でおこなったコンサートでは、ほとんどの箇所でa pot a-cookと歌っています。
後半部分のyou no ‘noughは、英米式の英語だとyou are not enoughとなります。意味するところはyou feel not enoughです。
つまり「足りない」、「不足」だと言っています。
‘noughはenoughのことです。アタマのeを飛ばして発音しています。英米でもよく使われる口語表現です。
Tribulation
「苦難」とか「大きな苦しみ」とか「試練」と言う意味の名詞です。
日常会話ではまず使われない難しい言葉です。
ボブお得意の聖書からの引用語です。
キリスト教では、終末の兆しとされる天変地異などの大きな苦難をGreat Tribulationと言います。
Chuck
これもパトワです。
英米式の英語だとshoveに相当する動詞です。
「押し進む」という意味です。
Chuck to Jah musicで「Jahの音楽と共に押し進む」です。
少しだけアレンジして「Jahの音楽で前に進む」と訳しました。
韻を踏んでいる箇所
以下の四か所で韻を踏んでいます。
翻訳が難しかった箇所
大事なところがパトワで英米の英語話者にとってもミステリアスな歌詞になっているので意味を調べて把握するのにかなり骨が折れました。
特にA rain a-fall, but the doti toughとA yot a-yook, but you no 'noughが難しかったです。
追記
最後にひとつだけ追記しておきます。
声に出して歌ってみるとすぐに分かると思いますが、連続した二行、A rain a-fall, but the doti tough、A yot a-yook, but you no 'noughは完全にメロディとシンクロしていて本当にスゴいです。
あえてパトワを使い、さらに造語で音まで変えて「弾む言葉のリズム」を作り出しています。
やっぱりボブは天才だな~とあらためて思いました。