【育児日記#2m2d-#2m6d】課題に集中
2月10日、この日は夫、赤ちゃんと共にいつもの整体へ。先生が回数券は家族で使っていいよと言ってくれていたので、前回夫と私の2枠分を予約、赤ちゃんを連れてくることも伝えていたのだ。
夫はほかの整体に通っていたのだが、背骨中心の施術ではなかなか身体の軸が安定しない感じがあるらしく、私が誘った。産後で身体が反応しやすいのかもしれないけど、私の身体はここ3回で劇的に良くなっていた。
私、夫の順で施術をし、順番に赤ちゃんを抱っこ紐で抱える。先生が気遣ってベビーチェアを出してくれ、初めて使用した。将来的には椅子として使用するようだが、首の座っていない今は、少し広いチャイルドシートのような形で寝転ぶことができる。脚でとんとんと揺らせばゆりかごのでき上がり。便利!
本当はバウンサーだったりおむつ換え台があると楽だと言うのは聞いていたけど、数ヶ月で使わなくなって邪魔になったりするのはな…と思って導入を見送っていたので、こんなところで試せて嬉しかった。
ただ、どうしても!とならなければ購入はしないかなぁ…。実は西松屋で購入した車用のチャイルドシートがバウンサーとしても利用できるらしく、車に乗る時の練習も踏まえて何度か乗せてみている。我が家はシェアカー利用者なので車を使わない時はシートも自宅に置いておく必要があり、できればこれをバウンサーとして使って欲しい。心地いい角度を探り中。
2人の施術が終わり、私は次回2週間後となった。今回で4回(1ヶ月)通い終えて、自分でも期間を開けても大丈夫だろうな~という感覚がある。前日スキニーパンツが履けなくて不安になっていたけど、骨盤が整った状態で腹筋、背筋、骨盤底筋の筋トレを頑張れば元の状態に戻すことは出来るんだそう。3方位から骨盤を固定してあげるイメージだ。よーし、次来るまでに鍛えるぞ…!
お会計の際に先生が夫の初診料を出産祝いということでサービスしてくれた。先生、ありがとう…この恩は忘れません…もともと夫の施術代だから私のおこづかいには影響ないんだけど笑 妊娠中もだけど、周りに優しくしてもらったことって絶対忘れない。それに、今度は自分が返したいと思う。そうやって良いことがめぐりめぐって、社会全体がどんどん優しく温かくなればいいな。
2月11日、この日からたしか課題のラストスパートを切っていた。赤ちゃんと接する時間以外はほぼすべて課題、課題…。早く終わらせたい、じゃないと毛糸の帽子の季節じゃなくなっちゃう…。
赤ちゃんはようやく湿疹が気にならなくなってきた。
朝洗顔はまだ続けているし、もうこの赤みとは2週間以上の付き合いだけど、あちこち転移するのに飽きてちゃんと引いてきている。このままお宮参りまでにぷるぷる白いお肌に戻って欲しい!
最近写真の画角がマンネリ化してたけど、顔の下からどアップで撮ると可愛いことに気づく。大人はこんな角度で撮っても可愛くはならんよ…全方位型だなぁ、赤ちゃんは。あと、服を脱いだ時におむつ姿で撮るのもTHE赤ちゃんって感じでとっても可愛い。あー可愛い。
2月12日、この日は1人でカフェに。
いよいよ課題を終わらせてやるぞと意気込んでいた。
レモネードを注文して席に着くと、後ろの方にママ友の集まり。推薦入試とかあの学校がどうとか色々話している。私も赤ちゃんが大きくなったら受験とかで気を揉むことになるんだろうなぁ…。
課題に取り組んでいる途中でふと、妹に連絡したくなる。最近ぼんやり考えていたことがあった。
私の母は祖父母の意向で集合墓地に埋葬されている。祖父母も亡くなったあとそこに入るらしい。
私は夫の家に嫁いだので、○○家(夫側)のお墓に入るわけだ。苗字が変わる変わらないとかいろいろ論争はあるけれども、私の場合は同じお墓に入ることもひっくるめて納得して結婚している。この人と同じ苗字になり、最期は同じお墓で眠るのだと。
入籍時はこの感情を言語化しておらず、たいして自覚はなかったのだが、ふと自分の赤ちゃんは将来苗字が変わる可能性はあるのかなとか、○○家(夫側)のお墓に入るんだろうなとか思っていた時に、思ったのだ。母も夫である父と同じお墓で眠るはずだったのではないか?と。もちろん埋葬時に一通り父を通して反発はしているのだけど、改めて何とかしたいという気持ちが沸き起こってきた。
私は母が信仰していた訳ではない宗教で、勝手に集合墓地に埋葬した祖父母に腹を立てていた。そんなところに母が眠ってるはずないと思い続けてきたし、私含めて家族全員がそのお墓には行ったことがなかった。それが、昨年だか一昨年だか、初めて妹だけが祖父母に連絡を取り、そのお墓へお墓参りに行ったのだった。
小さい頃は良くしてくれた祖父母。もっと言えば私は兄弟の中で贔屓をされていた方で(もちろんそんなのは居心地が悪かったし、成長するにつれて公平な扱いになった気がしたのを心底ほっとしていた)、もしまだ孫として可愛いと思ってくれているなら、今なら私の願いを聞いてもらえるのではないかという思いがあった。
妹に今更祖父母は分骨してくれないだろうか?とLINEする。返事は、無理だろう、埋葬時に散々揉めたではないかと。まぁそう返ってくるだろうなとは思っていた。
でも今日は引き下がる。こんなことも思っていたのだ。父は母を亡くしてもう10年が経つ。当時は再婚するなんて、別の人が母になるなんて考えられなかったが、今は父が幸せになるのなら再婚もありだと思っている。ただ、年末に聞いた話だと本人は私たち子どもへの遺産の配慮もあって再婚をしない意向なのだという。再婚しないというのは、母への愛情もあるのだろう。こんな状況でせめてお墓で一緒に眠るくらい許されてもいいだろう?父の幸せはなんなんだよと思ったのだ。
ただ、妹の考えは私を納得させるものだった。
亡くなってから引越しするのは面倒(この発想はなかった)。ママはもう気にしていないし、そもそも自分の考えでは肉体や骨には何も残らないと思っている。自分なら死んでから物や場所に縛られてたまるかと思う。
それから、母の骨は白い布袋に入れられて土の中に入っているらしくおそらく風化しているだろうと。
カラカラに細くなった骨が風化されていくのを想像して、そこまで執着する必要はないのか、とすとんと納得した。そもそも母がそこの集合墓地にいるはずないと思ったのは自分ではないか。たとえ移動させたところでそこに母が留まるかと聞かれればそうではなさそうに思える。好きなところにいるだろうし、自分の近くにもいてくれているに違いない。
こんな時兄弟の存在は本当に有難いなぁと思った。
妹の軽やかな考え方はとってもおもしろく、大事なことに気付かされるようなところがあるので、また改めて書きたいと思う。
2月13日、この日は絶対課題を終わらしてやると意気込んでいた。昨日は妹とLINEをし過ぎたのだ。
ところが、昼からアメリカにいる友達がテレビ電話を掛けてきて、赤ちゃんが大人しくしている貴重な1時間が消費されてしまった。うーん、しょうがない。もともと赤ちゃんのための時間だったのだから。
夫と6時間ごとのシフト制で赤ちゃんのお世話をするようになってから、やっぱり私の方が夫より赤ちゃんのお世話が好き(我が子に限らず)ということに気付かされている。夫は赤ちゃんが寝ると自由時間が増えたといって喜ぶが、私は赤ちゃんが寝てても起きててもつい一緒にいてしまうし、泣いたらよーし構うぞ~!ってはりきっちゃう。なんなら夫の番の時も隣にいてしまって課題に取り組む時間が減っていく(意思弱め、頑張れ自分)。でも、それが幸せなのだ。
遅れを巻き返すべく、ばんごはんの後で必死に文字数の調整などを行い、最後は全体の整合性を緻密に合わせることなく、なかば勢いで提出した。うわーできた、自分でもできたんだ!当初の予定であれぼ出産までに、それが無理なら年末までに終わらせたかった課題だったが、いいのだ。これで6月までは晴れてフリーダム。明日は毛糸編みのキットを買いに行こう。
2月14日、ここ数日日記を書けなかったので、書きたくて仕方がなかったし、もしかしたら大事なことが抜け落ちてるかも。
憑き物が取れたように晴れ晴れした気持ち。重たいタスクを終えた今、まずやりたかったのは赤ちゃんのために毛糸の帽子を編むこと、読書すること、日記を書くことだった。
午前中から100円ショップへ行く。
毛糸だけあらかじめ買ったものの、工具はまだ入手してなかった。お宮参りのシミュレーションということで、久しぶりにヒールの靴を履き、新しく購入したトレンチコートを着た。ヒールの靴は、出勤していた頃がちがちに中敷を入れて走れるようにしていたが、それを外して新しく付け替えた。うん、歩ける。もう少しつま先に調整が必要かな、なんて。トレンチコートは今日くらいの寒さでもしっかり防寒できちゃう。やっぱり黒のコートは冬すぎるし。このコートにしようかなぁ。
次に、図書館へ。実は出かけに図書館で借りた日記本が返却期限であることに気づき、持ってきていた。12時までに読み終わって返却できるか…と思って椅子に座って30分ほど読み進めていたけど無理だった。延長の手続きをして帰宅した。
家に帰ったら2人がいない。
めずらしく、私不在の中夫はおでかけすることにしたらしい。これまでは3人揃って、もしくは家に私が待機していないとなかなか出かけなかったので、進歩だと思った。いいぞ、夫。
12時がシフトの交代。ミルクをあげて、赤ちゃんが寝ている横で帽子を編み始めた。今3周目くらい。このやり方で合ってるのかな?
明日、また続きを編むのが楽しみ。
明日は車の予行練習で近くのショッピングモールへ出かける。赤ちゃん泣かずにチャイルドシートに座ってられるかな。
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