夢幻の中にあって現実を見れば休みどき。 「ランプの影」 正岡子規 を読んで。(青空文庫コラム)
(あらすじ)
病の牀(とこ)に寝ていると、天井の模様がなにものかの顔に見える。
今宵ははじめて、ランプの火影が像を結んだ。
鬼神、猿、西洋の哲学者、丸髷(まるまげ)の女、三宝荒神、耶蘇……。
最後は仰向けに寝た人の横顔。
(感想)
はじめ、現れたイメージから、主人公の心理を読み解こうと思いました。でもそれは、野暮なこと。想像は自由奔放がよろしいです。
病牀(びょうしょう)にあって、仕事をしてたのだけど、くたびれたのです。ぼんやりしてますと、ランプの火影が枕元に写ります。それを見つめていると目に涙が滲んできて。そのまま、影を見てますと、いろいろな形を取り始めました。
それは楽しいイメージです。しばらく、見えるまま、思うままに、遊びます。ただ、最後に、仰向けに寝た、人の横顔があらわれて、いけない!!
だって、それは、現在の自分の姿でしょう。夢を見てるときに、現実に戻されたの。あわてたように、想像はこれまで、です。
これは、おもしろいですよね。ぼくたちは、何かがうまくいってるときは、そこの一点しか見えてなかったりします。こういうときって、突然大きな失敗をしでかしてしまい、現実を見るハメに。
そういう、アクティブな状況に起こりがちなことが、インアクティブな寝ている状態でも起こりうる。ここでは、寝ている主人公は、ランプの織りなすイメージばかりに気持ちが囚われていたのだけど、それは、自分の似姿になり、強制的に現実を見せられたの。
夢の世界はすてきですよね。そしてぼくたちは、根拠のない夢を見がち。そういうときは、先回りして現実を見ると、幻滅を避けられるかもしれませんね!!
それではまた、次回お会いしましょうね!!