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われら写真部:スナップの極意、教えます

放課後

ー メネラウスの定理なんて人生に必要?
いきなり「メネラウスの定理」から会話が始まるのはどうかと思うけど。

ー なんでこんなの覚えなきゃいけないんだろう。
いろんな法則を知ることは、日常の中に美しさを発見する訓練にもなるんだよ。

ー まったく面白くない回答ありがとう。
どういたしまして。

ー じゃあ、日常の美しさを見つけるために、写真をちゃんと教えてよ。
話が唐突だなあ。それに、今どき写真なんてシャッター押すだけで写るよ。スマホでも十分きれいだし。

ー スマホ持ってないよね?
わるかったね。

ー 写真ってどうすればうまくなると思う?
世界と仲良くすればいいんじゃないかな?

ー そういう答えは求めてないから。
ええっ?さらっと大事なこと言ったつもりなのに。

ー とにかく、まじめに写真の勉強したいから教えてよ。明日。
明日?偶然にも何の予定もないから、付き合ってもいいけど。

ー あ、でも覚えることが多いのは嫌だからね。
覚えることなんて、たぶんなにもないよ。

ー よし、決まりだ。何を準備すればいい?
カメラとレンズ。あまり重くない程度に。

ー じゃあ、自慢のデジタル一眼を持っていくよ。
じゃあ、ボクはフィルムで行くことにするよ。50mm1本で。

ー おお、フィルムカメラなんて持ってたんだ。
父親にもらったものだけどね。

あ、あと忘れちゃいけないことが。

ー なに?
電池の充電。それと、メモリーカードをできれば空にしておくこと。朝ご飯をちゃんと食べること。チェバの定理も覚えること。

ー チェバ以外は了解。よし、明日は撮影の日だー!

そこが違うんだよなあ...

ー え?なんか文句ある?
写真に「撮影の日」なんてないんだよ。うちでごろごろしていても、プラハの街を歩いていても、サバンナの草原にいても、シャッターチャンスに出会う確率はそんなに変わらないよ。だからいつもが「撮影の日」。

ー どう考えても、うちはプラハにはかなわないよ。
いつも新鮮な気持ちで、好奇心を持って世界を見ようってことだよ。

ー はいはい。でも明日は「撮影の日」。そういう気合いも大事でしょ。
まあね。じゃあ8時に校門前でいい?

ー 起きてないと思うよ。
じゃあ10時で。

そして土曜日

ー おはよー。
おはよ。あんまり早くないけどね。

ー で、どこ行く?城山公園のコスモスが見頃らしいからそこにしない?

ねえ、昨日の話聞いてた?

ー え?なんか文句ある?
あのさ、シャッターチャンスはどこにでも同じくらいあるんだよ。

ー でも、コスモス見たいし。
誰が見てもきれいなものを撮るって難しいんだよ。それに、人が多いと自由に撮れないから、写真の勉強には向いてないよ。今日は勉強優先。

ー じゃあどこに行くの?
学校裏の丘の方に行ったことないから、あっちを散歩するのはどう?

ー え?なにもないんじゃない?
何もないところなんてないよ、新鮮な気持ちで世界を見ればね。

ー しょうがないから、コスモスはあきらめて付き合ってあげます。

歩くふたり

ー あ、丸ポストだ。かわいいね。
おお、めずらしいね。

ー 撮ってくる!
ちょっと待って。

ー ええっ?なんで?

キミは今、ここであのポストをかわいいと思ったんだよね?
ー そうだよ。

じゃあ、なんでここで撮らないの?
ー だってアップで撮りたいでしょ。

キミはこの場所で「あのポストのある光景」に呼ばれたんだよ。だからまずここで撮った方がいいんじゃない?

ー そういうもの?
そういうもの。

ー じゃあ、50mmで。ぱしゃ。

お、50mmで来たんだ?

ー そう、50mmと70-300の望遠ズーム。
珍しい組み合わせだね。

ー 標準ズームはぶつけて壊しちゃったんだよ。
なるほど、そういうことね。

ー ところでさ。
なに?

ー 今は50mmがついてたから50mmで撮ったけど、望遠だったらもっと大きく撮れたでしょ、どっちがよかったの?
それは、今ついているレンズで撮るのが正解だよ。

ー それはすぐに撮れるから?
それもあるけど、自分の思い通りにしすぎないため。偶然の神様の力を借りるためだよ。

ー あー、noteにそんなことエラソーに書いてたね。
まさか読んでるとは思わなかったよ。

ー で、ここで撮ったから、次はポストのそばに行って撮っていいんだよね?
もちろん。こんどは好きなだけ近づいて。「ハッっと感じたらグッと寄って、バチバチ撮れ」って篠山紀信も言ってるし。

ー やっぱり寄るのがいいんじゃん。
まあ、一般的にはね。

ー じゃあ撮ってくる!

<かしゃ>

ー ん?
なに?

ー 今、なんか撮った?
撮ったよ。

ー 何を?
キミの後ろ姿。

ー そんなの撮って楽しい?
撮りたいと思ったから撮っただけだよ。

丘の上

ー けっこう見晴らしいいねー。
そやね。

ー あ、いわし雲に飛行機。シャッターチャンス!

ー ほらズームでクイクイッてやると、大きさを変えられるんだよ。便利でしょ。

それがボクがズームを使わない理由だよ。

ー ええっ?なんで?
だって、自分で画角を選べちゃうから。

ー それが便利なんじゃないの?
写真って自由にできないことがあった方がいいんだよ。偶然の神様と仲良くするためにね。

ー またそれね。
大事なことは何度も言わないとね。ズームだといらないものを切ったりするでしょ。でも、それは入っていたほうがいいかもしれない。そういうのは自分で判断しないほうがいいと思うんだ。

ー なるほどね。って、よくわからないけど。で、こういう時って飛行機を中心からちょっとずらした位置に持ってくるのがいいんだっけ?

え?好きなところに置けばいいよ。

ー だってほら、黄金分割とかって言うでしょ?
構図は自由でいいんだよ、撮りたいものがはっきりあるならそれを中心にすればいいし、雰囲気を撮りたいなら雰囲気が伝わりそうな構図にすればいい。

ー ほんとにそれでいいの?

頑張ってうまく歌おうとしている人と、自分の色で自由に歌っている人、どっちの歌が聴きたい?
ー 程度にもよるけど、自由に歌ってる人だね。

うまく撮ろうとしてる写真からは、頑張ってることしか伝わらないんだよ。そして「頑張ってる感」が一番出ちゃうのが構図なんだ。自分なりの構図を追求するのはいいけど、決まった形はないと思ったほうがいいよ。

ー なるほどね。でも、写真の本にはいろいろ書いてあるよ。
あれは写真を教える人がエラソーに見せるために言ってるだけだよ。

ー いま、何人かの人を敵に回したと思うよ。

青空

ー それにしても、いい天気でよかったね。
うん散歩には最高だ。でも、写真を撮るなら雨の方がいいかな。

ー ええっ?なんで?晴れてる日が写真日和じゃないの?
雨や曇りのほうが質感が出やすいし、ここだけの話だけど、雨の日に撮ればどんな写真もそこそこいい雰囲気に撮れちゃうんだよ。

ー なるほどー、だから雨の日の写真をたくさん撮ってるんだ。
いや、晴れの日も撮ってるけど。

ー とにかく、秋空バックに撮ってあげるからそこに立って。
え?撮られるの緊張するなあ。あっち向いてていい?

ー 方べきの定理を20秒で説明できるならいいよ。
できなくはないけど、前を向くことにするよ。

ー じゃあ撮るよ。えーと...

何してるの?

ー 絞りをどうしようかと思って。数字が小さいとボケるんだっけ?
そう、数字を小さくして絞りを開くと、雲がボケた感じで周辺も暗くなるかな。絞ればくっきりだよ。まあ、ボクはだいたい開放。

ー ええっ?なんで開放?
せっかくレンズに入ってきた光を途中で遮るのが嫌なんだよ。それに、開放って決めておけば考えないですむからね。でも、最近はf11くらいで撮ることも多いよ。大人になったからね。

ー 大人だと絞るの?
なんとなく、シロウトは開いて前後をぼかした写真が好きで、クロウトは絞ってちゃんと見せた写真が好きだよね。

ー じゃあ私はまだシロウトだしf2.8くらいで...

そんなことよりも、カメラを構えたらすぐにシャッターを押さないとダメだよ。人を撮る時も風景を撮る時も。

ー え、なんで?
撮ろうと思った瞬間がシャッターチャンスなんだから、時間を置いたら鮮度が落ちるんだよ。カメラを構えて1秒以上間をおくことは、カツオのタタキを薄く切りすぎるとか、アジの開きを焼きすぎるとかと同じくらいの重罪だよ。

ー でも、画家を焦らして怒らせて撮った写真家がいなかったっけ?
ああ、土門拳ね。そのやり方はどうかと思うけど、仏像にカメラを向けてシャッターチャンスをじっと待つって話は好きだよ。

ー 言ってること矛盾してない?

矛盾のない世界なんて生きる価値もないよ。

ー 無理して哲学者ぶらなくていいから。

声を聞こう

ー 森の方に行ってみようよ。ゾウガメとかいないかなあ。
そんなのがふらふら歩いてたら困るなあ。

ー ゾウガメはドシドシとかノソノソじゃない?
意外なところにこだわるね。

ー おおっ、ススキがいい感じだよ。縦横斜めからいっぱい撮っとこう。絞りも開放からf16まで。勉強だからね。
いいぞ、えらいね。

ー あ、逆光で撮るときらきらしてるよ。
光の当たり方でぜんぜん違って見えるからね。晴れた日はとくに光が大事だよ。

ー いま意識的にそれっぽいコメントしたよね?
まあ、大人だからね。実際、自分では向きを変えて撮ったりしないんだよね。

ー いろんな方向から物事を見なさいって、昨日の数学の授業で言ってたよ。
じゃあこれからは意識するよ。

ー やっぱり一番悩むのは絞りだなあ。どうやって決めたらいいの?
ありきたりな説明だけど、どこか一点を見せて前後をぼかしたいなら開ける、ススキの穂の細やかさとか茎の質感とかをしっかり見せたいなら絞る。

ー そんなこと考えながら撮ってる?
いや、ぼんやり世界を見ている日は一日中開放だし、しっかり世界を見ようと思う時は一日中絞ってる、そんな感じ。撮る時にはあまり考えない。写真は被写体の声が聞こえたらカメラを向けて撮る。ただそれだけだよ。

ー ん?被写体の声?
「撮りなさい」って声。写真に一番大切なのはその声をちゃんと聞くことだよ。自分の撮りたいものを撮りたいタイミングで撮るんじゃなくて、被写体が撮って欲しいと思ってる時にさっと撮る。

ー 撮影会とかで必死に撮るものを探してる人もいるよ?
写真の楽しみ方は人それぞれだからいいんじゃない。

ー 大人な回答で安心したよ。

ー 絞りを変えて何枚も撮ったりとかしないの?
うん。それをやると、あとで良さそうな方を選んじゃうしね。

ー そのほうがいいんじゃないの?
そうでもないよ。

ー ふーん、また例のやつね。ところで、よく見ると三脚持ってるね。
いま頃気づいたの?まあ、写真教室だから用意はしてきたよ。

ー スローシャッターで撮るため?
写真教室的にはシャッタースピードについて話さないわけにはいかないからね。でも、NDフィルター持ってないからスローは無理だなあ。

ー シャッタースピードについてはなんとなくわかるよ。速くすれば速いものが止まるし、手ブレも少ない。手ブレしないのは1/125くらいから?
ボクは1/4でも手持ちで撮ることが多いよ。運が良ければブレないし、ブレた写真が悪いわけでもないからね。

ー 三脚って夜に使うイメージだよね。
たしかに、暗い時に長時間露光で使うことが多いね。でも、構図を細かく決めたい時とかにも使うよ。それ以外にも、写真の撮り方を変えたい時にも使うかな。

ー どういうこと?
三脚を使うと腰を据えて撮る感じになるんだよ。いろいろ制約があるし、自由に動き回れないしね。だから、撮れる写真も変わるんだ。

ー 自分の思ったアングルでぱぱっと撮れた方がいいんじゃないの?
不便な方がいいこともあるんだよ。

ー 偶然の神様。

その通り。

ふたりのコスモス

ー 次はどっちに行く?
じゃあ、この道を行ってみようよ。

ー わ!コスモスが咲いてるよ。満開だ。
ほら、こういうところで見るコスモスも悪くないでしょ。コスモスは静かに見る花だからね。

ー そうだね。よし、いっぱい撮るぞ!ビバ・コスモス!
そうそう、気分が乗った時に一気に撮るのも大事だよ。写真には気分が写るからね。

ー 必殺!ド・モアブルの定理!
いや、意味不明だし、数学のことは忘れていいから。

ー おっと、もうこんな時間!お昼を食べるのも忘れてたよ。
でも、おやつはけっこう食べてたよね。

ー がんばって撮ったから、ほら570枚も撮ってるよ。
ボクはフィルム1本だけ、あと1枚残ってるけど。

ー あれ?撮ってたっけ?
写真はさとられずに風のように撮るものだよ。

ー やっぱりたくさん撮った方がいいのかな。
「量のない質はない」って森山大道も言ってるしね。でも、撮りたいと思っただけ撮るのがいいんじゃない。

ー じゃあ今日は完璧だ。

あのさ。
ー なに?

この最後の1枚でコスモスをバックにふたりで撮らない?三脚もあるし。
ー いいよ。でも、フィルムがもったいなくない?

こういう時こそフィルムで撮らなきゃ。じゃあここに立ってて。
痕跡を残すってことね。さあ、撮るなら急がないと、鮮度が大事なんでしょ。

よし、じゃあカメラをしっかり見て。
ー はいはーい。おお、やっぱり昔のフィルムカメラはかわいいね。

ほら、シャッターが切れるよ。ネイピア数の整数部分は?

追記
ちょうど娘がメネラウスだのチェバだのの定理を勉強しているのですが、自分はそんなものを覚えた記憶がありません。高校時代は遠い昔のことなのです。そういえば自分が高校生の頃、月刊「カメラマン」(残念ながら昨年、休刊になりました)に「われら写真部」というコーナーがあったなあ、と、ふと思い出してタイトルにしました。メネラウスの定理は忘れてしまっても、その頃のファインダーの中の世界、ピントリングの感触、現像リールにフィルムを巻く感覚などは、わりと鮮明に憶えています。
普段はこれといった意識も意図もなく写真を撮っているのですが、ここではできるだけ自分の撮り方を言葉にしてみました。結局大事なのは「撮りたいと感じた時にカメラを向けて撮る」ことだけのような気がします。言うまでもなく、上に書いた内容はすべてわたしの個人的な考えです。あまり一般的とは言えないものも含まれているでしょう。でも、何かを生み出す時に、その人なりの「哲学みたいなもの」を持っていることは大事だと思います。たとえそれが意味不明で非合理的なものであっても。
娘が今まさに現役の写真部員。そのせいで登場人物の雰囲気がなんとなく似てしまいましたが、彼女はまだ土門拳の名前も知らないはずです。

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kimura noriaki
「科学」と「写真」を中心にいろんなことを考えています。

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