電車の窓から15
2020年5月3日
まだヒナの息は整わない。私も同じように隣に座り込む。
「ルナ、先に、行ってて」
「ううん、落ち着くまで待ってる」
ヒナは両手で口を覆う。
ひうひう、ヒナの呼吸の音が聞こえてくる。
「また、逃げるんですか。もう逃げなくてもいいのに」
声のした方を向くと、1人の男。スーツをぴっしり着こなした、30代半ばと見えるその姿。
「また新しいお友達ですか?」
ヒナは何も答えない。
「こんにちは、お友達様。お嬢をよろしくお願いします」
男性は微笑み、恭しく頭を下げた。
「そんなこと言うな!ルナにそんなこと頼むな!お前にもそんなこと関係ない!」
ヒナが男性に食ってかかった。
「ルナ?そんなお名前なのですか。親御さんはどんな気持ちでつけたのか」
そっと男性は口元を手で隠した。
本当に親に付けられた名前より、ルナの方がよっぽどいい名前だ。
慌てて、そう言おうとした言葉を飲み込む。
私も男性に食ってかかろうとしてしまった。
その代わりヒナが食ってかかる。
「黙れ、こうなるから逃げていたんだ!お前はいつもそうだ、権力とカネの犬め!」
「お嬢。貴方様が私にそう言う権利がありまして?関係は切れたのですよ」
「それならお前もそうだ。ルナに私を宜しくなんてふざけた事をほざくな」
「おや、私はお嬢のことを心配して……」
「二度と!二度と目の前に現れるな」
「いや、それは無理なお話でございます。もう一度、戻っていただくことを検討して頂けませんか?」
しん、と世界が静かになる。ヒナは歯を食いしばっている。後ろ姿からでもわかる。
「検討もクソもあるか。二度と目の前に現れるな。二度と目の前に現れるな!」
ヒナははぁはぁ、息を切らした。洋服やらが入っている紙袋は、地べたに散乱してしまっていた。
「分かりました。そう、伝えておきます」
そう言うと男性はいなくなってしまった。
ヒナは何も言わずに紙袋を拾い上げる。
「何も、何も聞かないで。お願い」
そして、駅に向かって歩き始める。
私はその背中を追う。