電車の窓から3
2020年4月21日
彼女が見えなくなってしまっても、まだベランダにいることにした。
電車の音をゆっくり聴きながら、夕日を見る。目をつぶると、彼女の匂いがする。
鼻につく匂い。
陽が沈んでしまうと、カーテンを閉めて眠ることにした。
最近は寝ても寝ても眠れなかったのに、今日はよく眠れた。昼にも眠ったのにまだ眠れる。不思議と、気分が落ち着いていた。あんなに、嫌いなだった煙の匂いで。
彼女の布団は何も匂いがしなかった。この部屋全体が煙草の匂いに染まりきっていて、それ以外の匂いが分からない。
陽は沈んだのに、カーテンの隙間から街の灯が漏れ出て私の顔を照らす。
煙草の火を消して布団に潜り込む。
目をつぶれば今日という日が終わる。
終わる。今日が終わる。
扉の開く音で、目が覚める。彼女が帰ってきた。
彼女は私の上を突っ切り、カーテンを開けた。
陽がこれから昇ろうとしているところだった。
まだ少し肌寒い。布団をぎゅっと引き寄せる。
彼女はベランダにそのまま出る。そして煙草に火をつける。
しばらくそれを咥え、ふうっと長い息を吐き出すと
「おいで」
とだけ言った。
布団から這い出て、彼女の隣に立つ。黙って差し出された煙草に火をつけ、口に咥える。彼女はその私を見て、ニコニコしていた。
「良さが分かったね」
「うん」
2人で陽が昇るのを待つ。あらゆる建物が、ゆっくりと範囲を広げて、照らされていく。
「ねぇ、あなたのこと、なんて呼んだらいい?」
彼女の名前を呼びたくなって、そう答えた。
「好きなように呼んでよ。私はあんまり自分の名前が好きじゃない」
「そっか、」
私は色々考えた。彼女にぴったりの言葉はなんだろうか。
「ヒナ」
彼女を真っ直ぐ見つめた。彼女はぴくりともしない。
「いいんじゃない?じゃああんたはルナって呼んであげる」
彼女の口から煙が湧き出る。
こちらを見たその顔は爛々としている。朝日に照らされて、爛々と。
「ヒナ、ルナ、語呂もいいしこんな感じだね」
そういうと彼女はふわふわと欠伸をした。