電車の窓から16
2020年5月4日
帰りの電車では何も話さなかった。
日差しの温もりはとっくのとうに失われている。
どさどさと紙袋を部屋の中に並べる。
ヒナはそのまま膝をついて倒れ込んでしまった。
「ヒナ……?ヒナ!」
「ん?いやぁ、久しぶりに街に出ると疲れるねぇ」
ヒナは顔だけをこちらに向けて笑った。
「よっし、今夜は朝更かしでもする?」
急に立ち上がると袋を広げ始めた。
「今夜はファッションショーだ!」
紙袋は地べたに散乱してしまったが、今日が晴れだったこともあって、基本的には無事だった。白い服に土が少しついてしまっていたが、まぁ洗えば大丈夫そうな程度だった。
ヒナはどんどん服の組み合わせを決めていく。様々な店の服を組み合わせる。
ほう、と言いながらじっと見ているしか無かった。
「ほら!これ着てこれ」
セットにしてある服を着る。
「いいね、やっぱり似合う」
ヒナはうんうんとうなりながら次の服のセットを作っている。
ヒナの選んでくれた服は、鮮やかな色が多かった。赤、青、黄色、緑。激しい色では無いけれど、綺麗な色だった。
それに組み合わせるのは静かな色。黒とか、白とか。
シャツやらセーターやら、服の着方を所々直されつつも、ヒナは何よりも楽しそうだった。
様々な服を着せられて、疲弊している所、最後だから、と言われピンクのパーカーを着た。
「わー!ほら、似合う。これ、ほら上着も着て」
黒い上着も着る。
「これ両方着ると暑いよ」
「うーん、まぁパーカーだけでも可愛いしね」
「そっか」
私は自分の着ている服を見た。
「やっぱりこの服好きだな」
「うん、似合うよ」
「他の自分になったみたい」
「でしょ?服って気分変わっていいよね。私も初めて黒いパーカー着た時、すごい……」
ヒナが急に言葉を止める。
「ルナ」
「何?」
「ルナ、妙な顔してる。何も話さないのは嫌だ?素性も知らない女と一緒にいるのは嫌だ?」
「そんなことないよ。私の事も、ヒナは何も知らないし」
「うん、そうだよね」
そこからヒナは何も話さなくなってしまった。私も何も話さないことにした。黙って、服を畳む。