電車の窓から2
2020年4月20日
「こんな所にいていいの」
彼女が問いかけてきた。
「いや、ダメかな」
私はもう一度煙草の煙を肺に叩き込んだ。
彼女はそう、とそっぽを向いた。
「まぁ、私は貴方がここにいてくれる時間が長い方が良いんだけど」
煙草の灰を灰皿に落とす。
「どこにも行かずにここに居たいよ、私も」
「それならずっとここに居た方がいい」
彼女は煙草を咥えたまま、部屋に戻っていく。私はぼーっと電車を見つめていた。煙草の煙にも、少し咳き込まなくなってきた。
「私寝るけど、ゆっくりしてて」
彼女はそう言う。頭まで布団を被る。
私も部屋に戻る。煙草の火を消して、彼女の布団の隣に座り込む。
カーテンを揺らす風、柔らかな陽。
私も布団の上に寝転ぶ。彼女は丸まって眠っているようで、足元の布団が余っている。天井に染みがついている。初めて見た。本当に、木の板に染みがついてる。目をゆっくりつぶる。
開けると、陽がちょうど沈むところだった。
彼女はまた起きて、煙草をふかしていた。
私が起きるのを感じてか、彼女は振り返る。「これから仕事なんだ。ここに居ていいから」
「うん」
「あと、なんかすごい携帯うるさかったよ」
「あぁ、ごめん」
画面を叩くと、見たことも無い量の不在着信が来ていた。隅から隅まで削除すると画面を下にして、布団の上に置く。
「いいの?」
「いいの。これが嫌でここに来たんだから」
私もベランダに出る。入れ違いになるように彼女は部屋に戻る。
「帰ってくるのは朝方になると思う」
「分かった」
「大丈夫?」
「大丈夫」
彼女の吸いさしを摘む。まだ火が消えていない。彼女の匂いがした。
気の抜けたスウェットから、多少はマシなジーパンとトレーナーに着替えている。
けれど、化粧は少し濃くて、不思議な感じがした。
「変かな、服は着替えるし、髪型は服着替えてからだから適当なんだけど、化粧は職場でやりたくないからさ」
「合理的でいいと思う」
彼女が口角をあげた気がする。
「それじゃ」
彼女はスニーカーをつっかける。
「うん、気をつけて」
ベランダの外に向かうと電車が通るのが見える。アパートの扉が閉まる音を背中で聴いた。
階段の安っぽい音が響いて、眼下には少しだけ小走りの彼女が見えた。
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