電車の窓から22
2020年5月11日
ヒナにもてあそばれる事を許しても、疑惑の念は取れた訳では無い。
大体、タイミングが良すぎなのだ。あんな真夜中にわざわざ人の家に侵入しようとするような馬鹿はいるのか?
昼過ぎ、夜にさしかかろうとしても、ヒナはのんびりしていた。
「仕事は……」
「こんな夜に行くわけないじゃない」
変だった。ヒナは夜に仕事をして、夜に生きて、夜が嫌いだ。私はそのヒナが好きだった。
常識の、社会の流れに収まっているヒナ。昼に働いて、いや、ヒナは私のためを思って、昼に働くことにしたのかもしれない。夜に襲来があった事だし、夜は私と一緒にいたいのかもしれない。
そう、そうなんだろう、きっと。
けれど、背中を這いずるような疑念は取れなかった。もし、このヒナが本当なら、私が憧れたヒナは偽物?もしこのヒナが本当なら、私は何も見えていなかった。
もしこのヒナが偽物なら、私を抱きとめたヒナはどっち?もしこのヒナが偽物なら、どこで入れ替わった。
駅で出会った男を思い出す。帰ってこい、そう彼は言っていた。
もしかして、ヒナは強引に元の場所へ戻されたのかもしれない。
だとしたら、ヒナ、ヒナを助けないと。
けれど、このヒナを偽物と仮定すると、安易に逃げてしまうと、全てがバレてしまう。バレてしまえば、ヒナが危うくなるかもしれない。
いや、それよりも根本だ。ヒナが連れていかれたとして、何故私を欺く必要がある?あの時、私が隣の部屋に行った時点でそのまま連れていけばいい。やはりヒナは本物なのか?私があのヒナが本物だと信じたくないだけなのか。いや、私を欺く理由があるはずだ。なにか、なにか。情報が足りない。
食器棚棚が、少し空いていた。私が転がり込んだ部屋側とは反対側にある。
下には大きな棚のスペース。鍋などを入れるスペースなのだろう。
開けると、そこには何も無かった。
そういえばひなはいつも、シンクの下から鍋を出していた。
棚の奥の板を叩く。こん、という音がやけに響く。
これ、向こう側に繋がってる。