電車の窓から23
2020年5月12日
棚を調べようと手を伸ばした時、扉が開く音がした。
ヒナがこちらにやってくる。
慌てて棚から手を引いた。
「ご飯作ってくれるの?」
「え?ああ、どうしようかなって思って」
ヒナはいつもの調子で笑った。
「いいよ、今日は私が作るよ」
いつもの手つきで食事を作っていく。
なんだか、生きるって一日中ご飯作ることみたいだ。
ヒナの料理中はあの棚に近づくことが出来ない。黙ってベランダで煙草を吸うことにした。
ベランダの右側を見る。もし、隣の部屋に何かあるとしたら、ベランダからなにか見えるんじゃないか。
右側になるべく寄り、身を乗り出して、隣の部屋の窓を覗く。
ぴったりとカーテンが閉められていて、中は見えない。けれど、夜の帳の中に薄い光が漏れている。
隣に誰かいる。
普通ならこれでいいのだが、ヒナはこの家が全て自分の物だと言っていた。
と、いうことは。
「ルナー!ご飯できたよ」
「うん」
いつもの食卓につく。食事を食べる。
ぐるぐる回る、世界がぐるぐる回ってしまう。そのまま、眠ってしまった。
目を覚ますと、目の前は黒だった。
真っ黒、閉鎖された黒。闇。
「あ、起きた?」
どこからともなく、ヒナの声が聞こえてくる。「ごめん、迎えに来るの遅れて。なんせこっちも抜け出すのに苦労したからさ」
「ヒナ?ヒナ?」
「うん、ヒナだよ。ごめん、こういう形になっちゃって。こうするしかなくて」
身体が触れる床からはバルルルとエンジンの音。どうやら車の中みたいだ。
どこに行くか不安だったけれど、このヒナは本物のような気がした。
そのヒナの言うことなら多分大丈夫。私はそのまま眠った。