『白木蓮のドレス』
「木蓮のドレスが作りたい。」
かずが突然言った。隣の客がボタンを押したのでピンポーんとのんびりしたベルが店内に響く。
「はぁ、なに急に。」
飲みかけたウーロンティをゴクリと飲み込んで応える。大量の液体をゴクリとするとなんだか喉を塊が通り抜けるような感覚がして痛いように感じるのは私だけだろうか。
「白木蓮。昔から妖精みたいで可愛らしいと思ってたんよ。で、なんでかって思ったら花一つ一つがホワイトのドレスに見えるからやなって!」
多分かずはこのファミレスから見える白木蓮を先程から見ていたのだろう。目がキラキラしている。
「服作ろうったってあんた裁縫なんてできるの?そんなこと言うなんて唐突じゃない?」
かずは日頃から突拍子もないことを言う。今回もそれだろうが、特に飛んでいる。かずの思考回路が読めない。
かずはのほほんとした顔を保って、汗をかいたドリンクバーのグラス、その水滴をひとつの大きなものにしようと表面を指でなぞっている。
「たっぷりの白いコットン生地に何重にも積み重なったレース生地。光沢のあるメロウ生地を間に挟んで、統一感を出すんよ。裾にクリアと薄濁りのビジュー、袖は光を7色に写すオーガンジーのバルーン袖。」
つらつらとその穏やかな口元からドレスのイメージが流れ出してくる。今あやの中で構築された白木蓮のドレスはなんとも美しく、素朴でいて上品なものであった。
いまだに水滴をなぞるかずの薬指がちらりと光って、その光があやの胸を突き刺した。脳天気なこの男は長らくあやの心に居座り、今もじっと動かずそこにいる。
かずとは小学校からの幼なじみであやの初恋相手である。あやはおそらくこれまでずっとかずに影響されて生きてきた。小学校の頃に薄紫色の服ばかり来ていたのも、川向こうの高校に決めたのも、今服のデザインで食べていることも。あやはずっとかずが忘れられない。
かずが薬指に輪っかをつけ始めたのは社会人2年目の夏だった。空っぽの、片割れは誰のものでもない薬指のリング。
かずが唯一愛せるものは植物だけなのだ。特にその花、それだけなのだ。
小学校の頃からその片鱗はあった。小学校高学年から色めき立つ周りに比べて、かずは一向に人に関心を寄せなかった。彼はただひたすらに花に魅せられ、惹き付けられ、慈しんでいた。
中学の頃、かずは割とモテた。あやが知るだけでも5人には告白されていたが、その全てを断っていた。理由を聞けば、何となく。でも理由を聞く時、いつもかずの目は話をするあやの目か、あるいは周囲の植物にしか焦点があっていなかったので、あやはどうしようもない予感を持っていた。
かずの愛情の矛先が植物にしかないことを確信したのは高校時代のある春の日の放課後で、その時かずは教室に生けられた花にキスをしていた。誰もいない放課後の教室で、かずは生けられた花を愛おしそうに見つめ、そうしてキスをした。その時あやは自分の失恋も確信した。
かずの綺麗な女爪が水滴でしっとりと潤い光を照り返す。
「木蓮のドレス、作るの手伝ってくれん?」
ねだるような声でかずが言う。
「何に使うの?というか誰が着るん?」
「俺。」
「は、」
「俺な、俺と結婚する。いや、本当は白木蓮の花と結婚したいから、その白木蓮のドレスをまとった俺と結婚すればいいやないかと思って。そんで一生森で住む。だからその誓いや。」
かずは突拍子もないことをいつも言う。
だが突拍子もないのは私たちにとってなだけで、多分かずにとってはそうでない。
どうしても越えられない溝があやとかずの間にはある。
「あやも花やったら良かったんだけどなぁ」
続いています。
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