『マザー・スノー』ママは魔法使い①
【「相手の目を見たらアカン。
相手に緊張感を与えて、無意識に臨戦態勢にさせてしまうねん。
だから、相手の『下まぶた』を見なさい。」】
私、優希はそれからというもの、虎之介(未来で私と無理やり結婚しようとするはずだったクソ野郎)の被害者のうち、とりわけ被害を受けた10名の男女に会いに行った。
彼らは皆、私が22歳で生きる現代の人たちである。だからわざわざタイムスリップをしなくとも、会いに行くことが出来た。
しかし、それは特殊な状況下だ。
私は『幽体離脱』をしており、ご存じの通り只今絶賛『霊』中である。
なので、彼ら彼女らの前に現れるときは、『亡者』を装った。
「私は、虎之介に恨みを持っている、幽霊である。」
そう言って、真夜中に彼らの枕元に次々と立っていったのだ。
彼らは皆、深夜帯であるにも関わらず目を覚ましていた。いつもあまり眠れていないようだった。
実は彼らの驚きは最初だけで、しかも然程であった。
あまり普段から眠れていないせいで、認知機能が低下しているからなのかも知れない。
そのせいで、感情が少し鈍くなっていたのだろうか。
しかし、こちらが『霊』であることに対して、逆に安心してくれたのは予想外だった。
彼らは皆、本当は、誰かに話を聞いて欲しくて仕方ない、という様子だった。
しかし『虎之介』の財力と粘着質な性根を恐れて、第三者に対して自身の被害を打ち明けることを、皆が恐れていたのだ。
「生きてる人間には話せない。誰があいつと繋がっているかも分からないから。」
彼らにとって、今や死者よりも生者の方が恐ろしいのだ。
お金や我が身可愛さのためならば、平気で他人を裏切るのは、実は生きている人間だけなのだから。
不思議なことに、彼ら彼女らと一人ずつ交流していく度、私は前の人生の細かな出来事を思い出していった。
私は前の人生では『高橋 美幸』であったこと。
京都に生まれ育ち、思春期の時に終戦を迎えたこと。
17歳で10歳年上の男と見合い結婚をさせられたこと。
23歳の時、子どもが出来ないことを理由に一方的に離婚させられたこと。
実家には弟夫婦が同居しており、弟の嫁がもうじき赤ちゃんを産むと聞いて、堪らない気持ちになり、実家を出て大阪に出てきたこと・・・。
美幸であった時の私は、どうやら『お母さん』になりたがっていたみたいだった。
「・・・だからって、夫になる相手が誰でも良いわけないやろ。
あんなスカタン野郎、100回生まれ変わってもお断りじゃ。」
そう私は静かに独りごちる。
大阪では昼間喫茶店で働きながら、夜はキャバレーのホステスさんをやっていた。
それらの経験で得た知識が、今回、私の役割を大きく助けてくれたのである。