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短編小説「フィット・イン」

ニュースでは、コロナの現状ばかりが流れる。3密、リモート、ニューノーマル。

私は、地元青森から離れず社員50名ほどの小企業の広報部に勤めている。

リモートワークは社員のコミュニケーションの妨げになると、上層の考えから緊急事態宣言の期間だけに導入された。

それ以降は、何事も起きてないかのようにマスク出社を命じられている。

広報部は女性5名で構成されていて、連日何かしらのお祝い事が行われている。

「小林さん結婚したんですって!おめでとうございます」

「そうなんです。ありがとうございます」


「皆さんとランチでお祝いしようと思って、隣のビルのバイキングを予約しました」

「ええ、そんなありがとうございます。」

気前の聞くリーダー尾崎は、チーム(いや社員全体と言ってもいい)の誕生日やライフイベントを全て把握している。

本人の口から聞いた事もあれば、人づて入手した情報もある。何かとイベントが毎日行われる会社だが、私はどこか壁を作ってしまう。

深入りをしたくないのもそうだが、尾崎さんの
意欲だけで回しているのではと懐疑的に思う事があるからだ。

社内では特に目立たない私は、コツコツと仕事をこなし定時退社をできるだけ心がけている。

性格上断る事が出来ない私は、参加したくないお祝い事に参加してしまう。ランチや飲み会も相槌程度の会話しかできず、他メンバーに心内を開ける事が出来ない。

周りは皆んなキラキラしていてどこか遠い存在のようだった。

今日も小林さんの結婚祝いランチに出向いた。

お店に着くや否やリーダーが会話を切り出す。

「ええ、素敵。どこで出会ったんですか」
「友達からの紹介で、飲みに行ったんです。それで打ち解けてお付き合いすることになったんです。」

一問一答、完璧な受け答えだった。もし仮に出会い系アプリですなんて言ったらリーダーは返事に困るだろう。

今では一般的なのに、どこか暗黙の了解で不健全な出会い方とされている。

「私たちも式呼んでくださいね!笑」

勝手ながら、小林さんが可哀想になってきた。

そして私は相変わらず愛想笑いをして口に食事を運んでいた。

「林さんも、最近はどうですか、いい出会いありました?」

突然話を振られて冷や汗をかいた。受け答えが苦手な私は思わず

「あ、はい。多分いい出会いかと思います」
「多分って!笑 気をつけてくださいね、変な男沢山いるんですから。林さんも32だしね」

いい出会いも何も、誰にも出会っていないが愛想笑いで場をかわした。

「すみません、、私用事があって少し早めに出ます」

ヒヤヒヤしながら皆んなに伝えた。

「え、なんて?聞こえなくて」
「あ、私用事があって早めに出ます。すみません」


あがり症のためか、全く伝わっていなかったが席を立って自分の会計を済ませて出た。 

やっと解放されたと思い、行き詰まった時に行くビルの屋上に向かった。


ここは青森で一番大きいビルの屋上で、街の隅々を見渡すことができる。

中心地の建物はまるで小さな模型かのように連なり、奥にそびえ立つ山々だけが現実味を帯びている。

ここで一息して見る絶景は全ての窮屈さを忘れさせてくれる。誰もいないこの屋上でいつも趣味の音楽を聴いている。

『Dr.dre 2001」アルバムが定番プレイリスト。”The Next Episode”の音色で一気に情景が変わる。

小さいころMTVで見たウエスト・コーストヒップホップ*に引き込まれて、今でもあの感動を思い出す。N.W.Aはもちろん、その後のGファンクも全て頭に残っている。

憧れを抱いていて、学生時代はクリップウォーク*のステップも練習した。

屋上でリズムを刻んで、右足を前へ、左足を後ろへ。腰も足が動く方向に合わせて巧みに動かす。

犯罪は一度も犯したことはないが、山を眺めながら大麻に見立てた仮想のタバコを口元に持って行き火をつける。肺に思いっきり空気を吸い込んで、煙かのように息を吐き出す。

32で何をしてるんだと思うだろうが、ここには誰もいない。どうだっていい。

私の身なりと性格では考えられないだろうと言うこともまた笑えてくる。

もうこんな時間かとふと気づき、音楽を止めた。すると、背後から拍手が聞こえてきた。

「今の、クリップウォークっすか」

驚いた顔をした10代後半のB-boyが話をかけてきた。

私はもうこの世の終わりかのように感じた。

「あ…はい。そうです」

できれば墓場まで持っていきたかった。

「すげえ。完璧でしたよ。僕ら今から練習するんすよ。姉さんもどうすか」
「あ…」

「一曲だけでも」
「あ…はい」

彼は携帯を取り出し、2pacの”How do U Want it”をかけた。


ウエストコーストヒップホップ
ラップのジャンルの1つである。西海岸のラップは、ファンクを基調としたバウンス系のサウンドが多く、代表的なアーティストとしてはドクター・ドレ、スヌープ・ドッグ、2PAC[1]らがあげられる。
Wikipedia引用
クリップウォーク(シーウォーク)
シーウォーク (C-Walk)またはクリップウォーク(Crip Walk) とはロサンゼルスのギャングCripsが敵対ギャングに勝利した時に行うダンスのようなステップ。
Wikipedia引用


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