小松英雄著『伊勢物語の表現を掘り起こす 《あづまくだり》の起承転結』を読んで

著者は2022年に鬼籍に入られている。この著書はその2年前に刊行された。著者の研究人生の集大成のひとつだ。

著者は、「平安時代における仮名の発達を跡づける作業の延長として『古今和歌集』の和歌に出会い、仮名の巧みな運用による和歌表現」に着目され、この著書で、伊勢物語の読み直しを行われた。

著者が長年研究を積み重ねてこられたこの手法を用いて、これまでの伊勢物語註釈書が深く立ち入ることのなかった細部にまで批判的検討を加え、一語一語、丁寧に読み解かれている。

それは大学の講義を受けているかのような叙述である。

以下、基本姿勢として重視すること。読者である私の理解である。

①伊勢物語の校訂テクストは、平安時代のものではなく、藤原定家による天福本である。ゆえに、われわれは、伊勢物語が書かれた時期の、そして、そのテクストが書写された時期の日本語について、また、そのテクストが書かれている文字体系と、その運用規則とについて、十分な知識をそなえた上で、それを解釈しなければならない。
→ 定家自筆テクストは、写し間違いを防ぐために表記や用語に細心の注意を払って、工夫がされている。その用字原理を心得て、読んでゆくこと。

②洗練された表現のテクストに不要な語句はない。すべての語句は、それぞれに不可欠の役割を担っている。

③すぐに注釈書に頼らず、自分の頭で考えること。不自然な注釈書の解釈に惑わされるな。

④高校で習った古典文法による機械的な訳文では、テクストの正確な理解はできない。たとえは、完了の助動詞「ぬ」を、「〜た。〜てしまう。〜てしまった」としてよいのか? 完了とは、事柄がまだ持続していることであり、これからも続くことである。それを正確に表現しなければ、テクストを読み誤ってしまう。

この姿勢で、伊勢物語を読んでゆく。これが、本書の仕事である。

読み進めて、なるほど、説得力に富んでいる。わかりやすい。物語がよく理解できる。その素晴らしさが、浮き立ってくる。これまでの註釈書ではなしえなかった峰に到達している。

この著作は、伊勢物語の解釈を一新する革新的な到達を成したものと私は思う。

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