Changes
プライベートな事情によりベースボールベアーの曲を聴き直さなくてはならなくなった。
最後に聴いたベースボールベアーの曲はchangesで、この曲が流行った当時は私は大学3年生だったと思う。
これから始まる就活地獄を想像し、とにかく現実逃避を繰り広げまくることになるその入口の頃だ。
とにかく低偏差値の大学の癖にやたらと意識の高い連中が多かった環境に身勝手に辟易した私は、学校の内外問わず飲み会や旅行、身の丈に合わない合コンやクラブ遊びに精を出した。
なんでもいいから逃げ出したかったのだろう。
そして出会った連中は全員が全員しょうもなかった。
「就活なんて糞だよ。サラリーマンになってどうするの?」と誰もが口をそろえて言っていたし、
「諸外国に比べて日本は働きすぎなんだよ。中途入社のほうが絶対有利だから。30まではゆっくり世界を旅して経験値を増やすほうがいいよ」とバカみたいなことも平気で宣ってきた。
わけのわからないタバコを吸い、聞いたこともないバンドの音楽性を熱く語り、映画や漫画の製作過程や撮影手法を褒める彼らと遊んでも何ひとつ面白くなんかなかった。
そんな彼らが好んで聴いていたのがベースボールベアーのchangesである。
『ベボベとか歌いなよ。めっちゃ良いよ』
と手塚治虫みたいな帽子をかぶった女が言うと、イギリス国旗がプリントされた白地のTシャツを着た男性が「チェチェチェ」と歌う。
すると周囲の「俺普段テレビ見ないんすよねー」や『こないだ夏フェス行ったんだけど』達が一斉に「ベボベじゃーん」と言う。
なんだベボベって。気味の悪いアクセントかましやがって。
とにかく何もかも逆張りし、世間に文句を言い、知識で自慰をし、そのくせ打たれ弱いこいつらが本当に嫌いだった。
〇
13年振りにchangesを聴いた。
changes さぁ、変わってく
さよなら 旧い自分
新現実 新しい何かが待ってる
changes さぁ、変わってく
失うものもある。でもいいんです
ひとつ頷き、駆け出す
さぁ、すべてがいま変わってく
すべてが始まる
新現実 誰の物でもない 新しい自分
変わったのは僕自身だ
サブカルクソ野郎どもの温床たる歌だと思っていたが、30を超えて聴いてみるとめちゃくちゃに良曲だった。
もともと周囲に影響されやすい私は、この年齢に至るまでそれなりに変化を繰り返してきた。
刺さるじゃないかよ、やたらと。
この曲を嫌いになる原因である彼らとの別れも私にはchangeだった。
あらゆる価値観が、私の中を擦り抜けていく。
それは寂しく、もったいないことなのかもしれない。
だがこの曲は、それをポジティブにポップに肯定してくれるではないか。
「13年振りにchangesを聴いたよ。すごい名曲だったよ」
『ですよね。ベース失踪しましたけど』
な、なにそれ・・・
彼らの音楽は、なかなか私を飽きさせなかった。
〇
『私ね、今日自〇しようと思ってたんだよ。遺書も用意したし、もういいかなって。でも今日が楽しかったから、それはやめた』
「だめだよ死ぬなんて言っちゃ」
『なんで?』
「なんでもだよ。だめだからだよ」
『誰もそれを説明できないでしょ?みんなそう。死ぬな死ぬなって言うけどその意味を誰も説明できない。そうでしょ?』
「ダメなもんはダメなんだよ。意味はもっと親しい人に訊いて」
最後に仲の良かったサブカルクソ女にこう告げて、私のサブカルクソ野郎どもとの関係は終わった。
あの日、浴びるように酒を飲み、酩酊し、カラオケでベースボールベアーを歌った女は本当は今日死ぬつもりだった、と言った。
そして私に何故死のうとすることはダメなのかを尋ねた。
知らねえよマジで・・・。
明確な答えが無いような問題を出し、こちらが不明確に答えると『ほらわからないでしょ?』と言うのが彼女の癖だった。
いい加減うんざりだったのを覚えている。
いまでも死のうとすることがなぜいけないのかわからない。
13年後の現在、もしまた彼女に再会し、『なんで死のうとするのはダメなの?』と問われれば、私はこの13年間で培った経験を総動員し、こう答えるだろう。
「なんでもだよ。ダメなもんはダメなんだよ」
何年経っても変わらない事はある。
私は今日も、誰もいない帰り道で、「チェチェチェ」と口ずさむのだろう。