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アカデミー賞受賞作はなぜヒットするのか -「日本人は賞に弱いから」の本質を考える-

こんにちは。モダンエイジの映画大好きマーケター栗原です。

先日、3/13(日本時間)、第95回アカデミー賞授賞式が開催されました。今回のアカデミー賞は大きな番狂わせもトラブルもなく、かなり下馬評通りというか、結局『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が7部門受賞と席巻しましたね。

少し余談です。今回は仕事の都合上リアルタイムでの鑑賞は叶わなかったのですが、学生時代はWOWOWの中継を毎回観ていて、個人的には大好きなギレルモ・デル・トロ監督が、『シェイプ・オブ・ウォーター』で作品賞を受賞した第90回が一番思い入れがあります。敬愛する町山さんが思わず涙していたのを見て、自分ももらい泣きしてしまいました、、(ちなみに今回もピノキオとりましたね!)

あとたまたま韓国旅行と第92回の授賞式が被ったのですが、『バラサイト 半地下の家族』の作品賞受賞を、本国での熱量とともに体感できたのも良い思い出です。その日、梨泰院で飲んだのですが、現地の若者たちも盛んに話題にしてました。(20年の2月なので、ぎりコロナ禍前でした)

あ、あと今回の95回で言うと、幼少期によく地上波で流れていた作品のスターである、ミシェル・ヨーブレンダン・フレイザーが、揃ってオスカーを受賞しているのも、おお!ってなりました(笑)

ミシェル・ヨーが出演している『グリーン・デスティニー』。よく日曜にやっていた印象。
ブレンダン・フレイザーと言えば『ハムナプトラ』シリーズ。3作目ではミシェル・ヨーと共演も

「日本人は賞に弱い」?

すみません、ついつい余談が長くなりました。そろそろ本題に行くと、このアカデミー賞にも関連することとして、映画業界の方から、「日本人は賞に弱いから」というフレーズを、たびたび聞く気がします。

たしかに「アカデミー賞最有力」とか、「○○映画祭コンペティション部門選出」みたいな訴求をポスターや予告編で目にする機会も多いです。

実際にアカデミー賞を振り返っても、昨年作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』、邦画で久々の国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』のように、受賞式後さらに興収が伸びたような事例もあります。

「日本人は賞に弱い」、一応ファクトからも間違ってなさそうですが、「賞に弱い」とは具体的にどういうことなのか。今回の記事では、もう少し深堀って考えてみたいと思います。

映画賞の影響力を因数分解

賞がもたらす影響力の構成要素を分析してみると、大きくこの2軸の掛け合わせなんじゃないかなと思います。

賞の「ブランド力」 ✖  ニュースの「露出量」

賞の「ブランド力」。これは権威とも言い換えられます。有名だったり、歴史が長かったり、影響力の高い業界人が参画していたり、そうした”権威のある”映画賞は、映画を選ぶ人にとっての、強い「品質保証」になります。「気になっていた映画、あの賞をとっているなら間違いないな」

そしてニュースの「露出量」。言ってしまえば「パブリシティ」です。その賞のブランド力にも紐づく部分ですが、どれだけその賞に関連するニュースがTVや新聞などの、マスメディアに取り上げられるか。映画賞を受賞したニュースがマスに流れることで、「この作品は質が高い」という「空気」「世論」(戦略PRでは「カジュアル世論」と言ったりするを作り出します。「この映画、これだけニュースでやってるし良いのでは」

この2軸の掛け合わせがあってはじめて、「賞によるヒット」は再現性があるものになるのではと思っています。それは上記の片方だけだと、賞の影響力は多くのターゲットを動かすことはできないからです。

映画賞が効果を及ぼすターゲット

まず賞の「ブランド力」については、とりわけ映画ファンに刺さりやすい要素です。(映画ファンといってもレイヤーは色々ありますが、話が複雑になり過ぎるため、便宜的に一言に集約します)

彼らは映画へのリテラシーが高く、映画の情報収集を日常的に行っているので、映画賞の権威についてもよく熟知している場合が多いです。特にアカデミー賞は、それ自体のノミネートはもちろんのこと、その前哨戦の結果からノミネートが確実視されている作品については、「アカデミー賞有力」的な文言で、その事実を訴求するだけで「意欲」を湧かせやすいでしょう。

ただこうしたブランド力だけだと、映画への感度が高い「映画ファン」の意欲しか動かせないので、プチヒットくらいのボリュームにしかなりません。実際に授賞式前からアカデミー賞での受賞が期待されていた、『エブエブ』と『フェイブルマンズ』の初週の成績は、まずまずのものでした。

これを映画ファンだけでなく、一気にマスに広げ、「世の中ゴト化」するのが、「露出量」です。特に『エブエブ』は、作品賞を受賞したこともあり、ニュースでも多く目にするようになったので、今後は映画にさほど感度が高くない浮動層の動員も押し上げることができるでしょう。

(意外だったのは、アカデミー賞歌曲賞を受賞した『RRR』が、結構ニュースで取り上げられていることですが、、めっちゃ嬉しい!)

欲を言えばキャスト本人たちに踊ってほしかったが仕方ないか

ここで露出したネタが、「アカデミー賞」であることがポイントで、たまに邦画が海外のマイナーな賞を受賞してニュースになることがありますが、これだと「ブランド力」が浸透していないため、多くの人の「意欲」は動かすことには繋がりづらいです。

つまり、ブランド力だけでは映画ファンにしか刺さらないし、露出するだけで権威がないと多くの人の「意欲」は作れないのだと思います。

アカデミー賞以外の例から考えてみる

わかりやすい例としては、「サンダンス映画祭」。ロバート・レッドフォードが企画し、インディペンデント映画の祭典として、映画ファンの中には浸透している映画祭です。マーケットも開かれ、この映画祭で成功すると、多くのバイヤーからも注目されるということで、「ブランド力」は十分だと言えます。

ただし、インディペンデント映画が対象なこともあってか、日本の作品が受賞するとかでない限りは、TVでもあまり報道されることはありません。サンダンス映画祭からヒットに結ぶつく事例があまりないのは、露出が伴っていないためだと考えられます。

逆に「日本アカデミー賞」は、日本の旬な俳優も多く出演することもあって、非常に露出はあります。ただ誤解を恐れずに言ってしまうと、あまり映画ファンの中でも自分ゴト化されておらず、ブランド力については、海外の有名な映画祭に比べると一歩劣る部分があります。

もちろん日本アカデミー賞の受賞作は既に公開済みの作品がほとんど、という状況もありますが、露出が取れても作品の注目には直接還元されにくいのは、品質保証たる「ブランド力」の部分なのかもしれないなと思います。

ブランド力×露出量の掛け合わせが現代でも最大限機能するのは、アカデミー賞以外でいうと、カンヌ国際映画祭やベルリン国際映画祭、ぎりぎりベネチア国際映画祭、トロント国際映画祭といったところでしょうか。

賞に頼りきった訴求の横行

冒頭の問題提起に戻ると、「日本人は賞に弱い」は条件付きです。正確に言うと、「日本人は賞に弱い」のではなくて、「権威があって、多く目にする賞には動かされる」が正しいでしょう。

そのため、アカデミー賞など、諸々の条件が揃った映画賞の受賞作であれば、こうした「賞の訴求」は有効に機能する可能性が高いと思います。

ただ、「日本人は賞に弱いから」といった名目で、マイナーな映画祭の受賞歴(受賞ならまだしもノミネートや選出なども)がでかでかと出ていたり、名前も聞いたことのないような映画祭の受賞歴がずらーーと並べてあるような宣材なども多く目にします。

ブランド力も露出量も取れないこうした映画祭、映画賞の訴求がどれほどの効果を発揮するのだろうか、、。この「賞の訴求」のために使っている小さくないスペースを、もっと別の切り口から作品の魅力を伝えるために使うこともできるんじゃないかなと思います。

全てはブランド力に依存する

もう一つ別の観点からの示唆としては、映画祭/映画賞のブランド力の低下があります。以前、こんな記事を読んで、映画のメッカであるアメリカですらこうなのか、、と結構な衝撃を受けました。

正確なデータはありませんが、日本でも特に若年層の映画祭や映画賞に対する注目度は慢性的に低くなっていると思います。自分は現在26歳ですが、自分の身の回りに、アカデミー賞を熱心に追っている人や、その権威を信じている人は、本当に一握りしかいません。それを肌感覚で感じている人は多いと思います。

ブランド力が低下すると、メディアからも注目度の低いニュースだとされ、パブリシティも難しくなってきます。賞の訴求が機能するか否かは、完全にブランド力に依存するのです。

映画全体の風当たりが厳しい中でも、折角アカデミー賞やカンヌの力がまだ機能するのであれば、そのブランド力を大切に守ってあげたいなと思います。日本における映画祭や映画賞の「リブランディング」ということも、業界を挙げて、取り組んでいけたら面白いだろうなと思います。

まもなく第1回目が開催される「新潟国際アニメーション映画祭」も、映画というよりはアニメが主語にはなりますが、インタビューなどを拝見すると、そうした「ブランド力」に対する問題意識も含めて企画されていることで、非常にワクワクします!

今回はアカデミー賞を入口に、「日本人は賞に弱い」の分析と、そこに付随する課題点に少しだけ踏み込んでみました。慢性的な映画への関心度低下(特に洋画)は本当に問題だと思っていて、自分もどうにかしたいなと、実はリブランディングを図った映画祭を企画しています。この続報についても、どこかで伝えられたら嬉しいなと思っています。

ここまで駄文失礼しました。最後まで読んでくださった方、ありがとうございます!ぜひフォローもお願いします。

P.S 今週末は『シン・仮面ライダー』と『赦し』を観るぞーー!!ちなみに『赦し』のアンシュル・チュウハン監督前作、『コントラ KONTORA』は本当に面白いので、ぜひアマプラで観てみてください!


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