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『呪詛』死ぬほど怖いホラー映画のマーケティングの話

こんにちは、モダンエイジの映画大好きマーケター栗原健也です。熱い夏は猛烈にホラーが観たくなります。

今年の7月はホラー映画が非常に熱いですよね。『ブラックフォン』『哭悲』『X エックス』『女神の継承』…。そしてここに来てダークホースが登場しました。

それが7/8(金)にNetflixで全世界に配信された、台湾映画『呪詛』です。

配信開始されるや否や、ホラーファンを中心に、「1人でトイレに行けなくなった」「人生で観たホラーで一番怖い」「怖すぎる、ふざけるな」などといった、悲鳴にも近しいクチコミが噴出。

そうした熱狂的なクチコミに後押しされ、大した宣伝もされてない中、Netflixの「今日の映画」部門では、まさかの1位を獲得フィルマークスでも既に5,000件近くのマークがついており、同サイトのトレンド欄では、公開されたばかりのMCU最新作『ソー:ラブ&サンダー』を抑えて首位をとっています。(7/11現在)

どうして台湾のマイナー映画が、ここまで注目を集める事態になっているのでしょうか。その要因をマーケティング的視点から紐解いていきたいと思います。

■筆者の『呪詛』体験

まず私がどのように『呪詛』に出会い、作品を体験したのか、N1のお話ししたいと思います。

私は映画用のTwitterアカウントを作っているのですが、何気なくタイムラインを眺めていたら、敬愛する人間食べ食べカエルさんのこんなツイートを見かけました。

ホラーを中心にジャンル映画について発信している人間食べ食べカエルさんは、ホラー映画好きな私にとって、ある種のインフルエンサーとも言えます。そんな人が、「これまで観たホラーの中で1番」と言っている…。俄然興味が湧きます。

Twitter上で「呪詛」と検索すると、ホラー映画界隈で知られた人も含め、多くの人が長文でクチコミをしている。これは観るしかありません。

その当日の深夜、時間を確保して、すぐさまNetflixで『呪詛』を鑑賞しました。部屋を暗くして、ヘッドホンをつけて…。

噂に違わず、いや噂以上にこれは怖過ぎました…。

『リング』や『仄暗い水の底から』など絶頂期のJホラーを彷彿とさせるようなジトッとした雰囲気。『ブレアウィッチ・プロジェクト』のように、POVの手法を駆使して表現される臨場感と没入感。娘を思う母親の普遍的な愛情がベースになってるからこその胸糞悪さ。

そしてPOVだからこそできる、参加型の仕掛けがもたらす嫌過ぎる鑑賞後感(※後述します)。

ホラー耐性が付いている私でも、これはかなりの衝撃を受けました。日曜の夜に観てしまったことを激しく後悔。眠れずに思わずこんなクチコミを上げています。

改めてTwitterを徘徊していると、同じような『呪詛』体験をしている人が大勢いて、ほんの少し安心したものでした。私のようにクチコミに惹かれて映画を観て、また自分もクチコミをし、それがまだ観ぬ誰かを惹きつけるサイクル現象が起きている…。

■『呪詛』の"高濃度なクチコミ"を生む戦略的な仕掛け

本作『呪詛』は、その企画の段階で、熱狂的なクチコミを誘発するような仕掛けが、秀逸に設計されているのだと感じました。

そもそもの話ですが、映画のヒットを左右する最大の要因は、当然ながら作品力です。そして作品力の次にヒットを導くファクターが、その映画のクチコミです。それも単なるクチコミではなく、長文だったり、書き手の熱量が存分に感じられたりと、"高濃度なクチコミ"の影響力が非常に大きい。

そんな映画の"高濃度なクチコミ"をしてもらうことは、簡単なことではありません。現代人は非常に忙しいからです。映画を観終わった後に家事育児があるかもしれない、ご飯を食べたりお風呂に入ったり、仕事をしたりするかもしれません。

映画鑑賞に2時間使ってもらうことすら難しいのに、そのあと数十分かけて、長文レビューを書いてもらうのは実はハードルが非常に高いのです。

そんなハードルを乗り越えて、"高濃度なクチコミ"をしてもらうには、よほどその映画が「自分ゴト化」される必要があります。忙しくても何だろうが、熱烈にその作品を推奨したい理由が必要なのです。

完全にクチコミをコントロールすることは当然不可能ですが、できるだけ観た人に"高濃度なクチコミ"をしてもらえるよう戦略設計するのが、映画におけるマーケティングの最大の仕事です。

「自分ゴト化」を促すための、感情を揺さぶる映画の普遍的な要素を、過去に"琴線スイッチ"としてまとめたのがこちらです。

映画における”琴線スイッチ”

ネタバレはなるべく避けますが、本作『呪詛』には「自分ゴト化」をさせる仕掛けが周到に施されています。通常ホラー映画は、"対岸の火事"というか、どこか遠いところで起こっているフィクションとして楽しめるものですが、本作はそんな「他人ゴト」を視聴者参加型の仕掛けによって、半ば強制的に「自分ゴト化」させてしまう力があります。

上記"琴線スイッチ"にて、ある程度網羅できたつもりでいたのですが、ここに「絶望」も加えてもいいかもしれませんね(笑)……。

本作のクチコミを試しに調べてみてください。本作の熱烈な推奨と共に「ホーホッシオンイーシーセンウーマ」とか「火佛修一心薩嘸哞」というフレーズが含まれているクチコミが多いと思います。観た人は絶対にわかりますが、観たら思わずこのフレーズをつぶやかずにはいられないんです(笑)。

本作『呪詛』は、脚本や演出の段階で、観客を「自分ゴト化」させて、どんなクチコミをして欲しいのか、それを念頭に入れながら製作された、成り立ちからしてマーケティングな作品だと思いました。

■メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティ

映画に限らず、一般的に売上に影響を与える要因を、重大な2つに集約する場合、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティがあります。

映画の場合、メンタルアベイラビリティは、"高濃度なクチコミ"や広告コミュニケーションなどによって醸成される「想起のされやすさ」、フィジカルアベイラビリティは劇場公開館数や配信されているサブスクリプションの種類など、作品の「観られやすさ」と解釈することができるでしょう。

せっかく様々な要素から映画の意欲が上がっているのに、近隣に観られる映画館になかったり、レンタルショップに置いてなかったり、サブスクで解禁されてなかったり、フィジカルアベイラビリティが十分でなく、「観たい」までは行けても、「観よう」まで到達しない作品は沢山あります

その点、本作『呪詛』は、Netflixで配信されたのが非常に大きかったと思います。いまやNetflixは国内でも男女共に2番目に利用されているサブスクですから、Netflix加入者なら誰でも観ることができる、加入してなくても最悪ネット環境さえあればすぐに加入して観ることができるというのは、本作にとっての強いフィジカルアベイラビリティになりました。

観た人が思わず"高濃度なクチコミ"をしてしまい、そのクチコミに出会った人々のメンタルアベイラビリティを高め、「観たい」という強い意欲を醸成する。そして「観たい」と思った人は、Netflix配信だからこそのフィジカルアベイラビリティで、すぐさま映画を観ることができる。映画を観てしまったら最後、本作によるマーケティング的な仕掛けによって、「絶望」の"琴線スイッチ"が押され、強い「自分ゴト化」がされた観客は、"高濃度なクチコミ"を生み出す。

このサイクルが高速に回転することによって、『呪詛』を観た沢山の人々の悲鳴がタイムラインを埋め尽くす、"恐怖のバイラル現象"が起こっていると言えるでしょう。

私もまさにこのバイラルに巻き込まれてしまったうちの1人です。ああ、本当に怖かった(笑)

配信開始週の週末は、ホラー映画のイノベーターやアーリーアダプターを中心にクチコミが盛り上がりましたが、この局所的熱狂はマジョリティ層にも広がっていき、もう一山『呪詛』の盛り上がりが来ると思います(キャズムを超える)。

今までほとんどの人が知らなかった台湾のホラー映画が、日本でメジャーになるなんて夢がありますよね。素晴らしい作品であることは大前提ですが、マーケティング的視点から、クチコミを考えることの意義をありありと感じられる『呪詛』の作品体験でした。

まだの方は是非『呪詛』観てみてください。ただし、くれぐれも自己責任で、、!(笑)

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