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スマホ修理店にスマホを破壊された話
いつか前の日記でスマホの調子が悪いことを書いた。
その日記は「果たして私のスマホは直るのだろうか……」というところで止まっていてその後を報告できていなかったのだが、結論から言うと「直った」。
直ったと言ってもちょっとモヤモヤするところがある。
スマホ修理店の診断では「充電口のコネクタの交換が必要」とのことだったのでそのパーツを取り寄せてもらい、2日後に「パーツが入荷しました」と連絡が来た。
さっそく修理店に向かい、受付手続きをしてスマホを預ける。
「修理には1時間ほどかかる」との見込みだった。時間を潰して店に戻ると、果たしてスマホは直っていた。
再びちゃんと充電できるようになった。こんなに嬉しいことはない。
私は心の底からホッとした。
修理の経緯の説明としては「裏蓋を開けたら直りました」とのことだった。
ん?
店員が早口で聞き取りにくいこともあり詳しくは覚えていないのだが「裏蓋を開けたら接触不良が直ってなんたらかんたら」みたいなことを言っていた気がする。
そして、とりあえず直ったので今回は充電口のコネクタの交換はしなかったと告げられた。
蓋パカのみと言っても一応処置は処置なので会計は5,500円だった。
裏蓋をパカッと開けただけで5,500円。
「いい商売だな…」と思いつつ、直ったことは事実だし、私はスマホの裏蓋の開け方を知らなかった → つまり技術的に私には出来ないことだったので喜んで5,500円を支払った。
それから十日も経たずしてまたスマホの調子が悪くなった。
「低速充電」しか出来ない状態になってしまったのだ。
まったく充電できない状況と比べるとマシなのだが、通常充電より明らかにノロい充電スピードを見ているとなんだかヤキモキして落ち着かない。
やはり裏蓋をパカッと開けた程度では根本のところが直っていなかったのだ。よく考えずとも当然の話である。
もうこうしちゃいられんと私は再びスマホ修理店に走った。
店に到着し、低速充電しかできなくなったことを説明する。
「我、スマホマスター也」みたいなフェイスをした店員の兄ちゃんが私のスマホで充電ケーブルの抜き差しを試し、「うちの設備ではちゃんと通常充電できるんですけどねぇ」とのたまった。
「店の立派な設備で出来たとしても自宅で出来ないんだから意味ないだろバカ」と思いつつその怒りはおくびにも出さず、「でもこの前もこんなことがあって~…」と“裏蓋パカ”の経緯を話す。
それを聞いてもスマホマスターの兄ちゃんは「う~ん……」と煮え切らない態度を取るばかりでそれどころか「充電できるんならこのままでもいいんじゃないですか?」的なことを言い出す始末。
「やっぱり充電口のコネクタが……」という考えが頭をよぎるも、前日にネットで「スマホ 低速充電 原因」で検索して出てきた記事に「その原因はスバリ『バッテリーの劣化』です!」と書いてあったのを思い出し、素人判断で「じゃあバッテリーを交換してください」と依頼した。
スマホマスターは「低速充電の根本原因が不明なのでバッテリーを交換しても改善しない可能性はあるが、それでもよければ」と不承不承の様子ながらも引き受けてくれることになった。
バッテリーの在庫が店に無いので取り寄せには2~3日かかるという。
この店のウェブサイトでは「即日修理可能!」であることを大々的に謳っている。その印象があるせいか、前回の裏蓋のときもそうだったけど「ぜんぜん当日中に直んねーじゃねーか!」という思いが強まる。
とは言え在庫が無いのは実際しようがないことので待つことを了承し、店を出た。
それにしても、である。
前回、完全にスマホが充電できなくなったときの自分の取り乱しようったら無かった。
別の言葉に仮託するなら「存在の耐えられない軽さ」(※)といった感じだった。
※チェコスロバキア生まれのフランスの作家、ミラン・クンデラが1984年に発表した小説。ちなみに読んだことはない。
スマホが充電できないということは、ムダに使用すると一方的に電池が減るだけなのでうかつにさわれない。そのため、スマホ修理店から連絡が来るまで強制的に「禁スマホ」の生活になった。
スマホというのはたいてい空き時間に何気なくいじりたいものである。
ふとスマホをいじろうとしては「そうだ、ダメだったんだ……」と置く、の繰り返し。
昨日まで当然に出来ていたことを禁止されるとやはりイライラする。私はタバコを吸ったことはないが、喫煙者が禁煙するときのイライラは自分がいま感じている感情ときっと近しいのだろうな、と想像した。
「メガネは顔の一部です」と言い回しがある。長年のメガネユーザーの私としては大いに納得できるところであるが、極度の近視のためメガネ無しではとうてい生活できないということもあり、最早「メガネは体の一部です」と言う方がしっくりくる。
スマホという存在は私の生活にいつの間にか大きく食い込んでおり、どうやら「スマホも体の一部です」と言ってもよさそうだ。スマホが自由に使えないのは、体と心の一部が大きくもぎ取られたような喪失感を感じる。
いっそのこと「スマホはもう使わない!」という選択肢を取ればそのような不安は消えるのだろうが、今の生活においてはスマホを手放すことは考えられないので、スマホに依存したメンタリティは今後も続いていくのであろう。
修理店から「バッテリーが入荷した」と連絡が来たので再び向かう。
スマホの修理が万が一うまくいかなかったときに客が文句を言わないようにするための誓約書みたいなものに一筆入れる(「規約を読んでからOKしろ」とのことだが、大量の細かい規約をその場で読みきれるワケがないので最初から無条件降伏が前提である)。
今日もスマホマスターは「我、スマホ修理の王也」みたいなフェイスをしていた。もうこうなってくるとたのもしく見えてきた。
スマホマスターは私のスマホに充電ケーブルを挿し「やっぱりウチだと通常充電できるんですけどねぇ」と首をかしげていた。
私「ニコニコ(いいから早く直せ)」
今回も「1時間経ったらまた来て」とのことだったので、夕飯を食べる、書店をひやかすなどして待ち時間を潰した。
前回の裏蓋のときは果たして直っているのかがとにかく心配だったが、今回はバッテリー交換という明確な目的を持った作業のためきっと大丈夫だろうとタカをくくっていた。
店に戻る。
スマホマスターはバックヤードに引っ込んでいるのか姿が見えず、代わりに気弱そうな店員の兄ちゃんがいた。
どうです、スマホは直りましたか? 私はニコニコ問いかける。
気弱な兄ちゃんは申し訳なさそうに言った。
「すみません、充電できなくなりました」
……は?
急速に自分の顔がこわばるのが分かった。
その兄ちゃんによると「新品のバッテリーに交換したら、何故かスマホの充電が出来なくなってしまった。『こりゃいかん』ということで元のバッテリーに戻すと、その状態でも充電が不可能になった」
続けて「元のバッテリーが50%残っていますので、必要な引き継ぎ情報のバックアップを急いで取ってください(ゴニョゴニョ……)」とこちらの目を見ずに早口で報告した。
は?
は~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!?
いま言われたことを明確な日本語にすると、要するに「あなたのスマホを当店が責任もってぶっ壊しました。だから新しい機種に買い替えてね、すんません」ということである。
私の貧弱な脳みそが「ブーーーーーーン」とモーター音を轟かせながら焼き切れんばかりにフル回転する。
「あなたがもし客の立場だったらそんな説明で納得できると思いますか?」
「こういう終わった状態のスマホを直すのがおたくの店の存在意義なんじゃないですか?」
「あーそうですか。だったら『スマホ修理店』から『スマホ壊し屋』に看板を変えたほうが消費者のためですねぇ!」
「それにしても奥に引っ込んでるド畜生のスマホマスター呼んでこいや!」
「ちょうどここにただの鈍器(ぶっ壊れたばかりのスマホ)があるからなぁ!!」
苦情とか皮肉とか言いたいことは山ほどあったが、ふだん怒り慣れてない一介の小市民であるところのわたくしは
「はあ……なるほどそうですか……。ほぉ~、ん~~あ~つまり新しいのに替える必要があるっていうことですよね……は~なるほどなぁ~~…そっかそっか~~……うん……、なるほどねぇ……だってそういうことですもんねぇ……う~ん……。ふぃ~~っ……う~ん、はぁ~~……ん~~~???」
と明らかに不審な態度で疑義を呈しながらも、クレーマーとして一向にヒートアップできないでいた。
「客が文句を言えない仕様の誓約書」にサインをしてしまっているせいで最初から泣き寝入りの運命は決まっているし、そもそもバッテリー交換は私から持ちかけた提案だし、こちらはこちらで不利な材料が揃ってしまっている。だからその場で狂人のようにわめきちらして暴れ回ったりなんかしたらその様子を心無い若者に撮影されTikTokやXなんかで「街で見かけたクソやばクレーマーおじさん」として動画で拡散されて僅かながらも今までの人生で積み上げてきた社会信用スコアを一気にゼロにするよりかは、「ほぉ~~ん……?」とため息まじりで引き下がる方が明らかに賢明であった。
悲しいかなちょうどいい捨てゼリフも思い浮かばず、「不機嫌を隠しきれないおじさん」としてスマホを受け取り、とっとと退散することにした。
でもちょっとだけ「あのスマホマスターの野郎が……」とか店側にとって意味不明なことをぼそりと呟いてはいたかもしれない。
この腐りきった世の中にこんな高尚な紳士がまだいたということを、私は声を大にして伝えたい。
私のスマホよ、安らかに眠れ。