サンハトヤ 2024
みなさんは伊東の「ハトヤ」をご存じだろうか。
知ってる人にとっては「何を今さら」といったところだろうが、ハトヤはホテルである。
ひと昔前はテレビでそこそこCMをやっていたので「ああ、あれか…」と思い当たる人も多いと思う。
実はハトヤは2種類ある。
山の方にあるのが「ハトヤホテル」、海沿いにあるのが「サンハトヤ」である(出来たのはハトヤホテルの方が先)。
数年前から私は6月はサンハトヤに泊まり、12月にハトヤホテルに泊まるようになった。
何故そうするようになったかを記すとなると別稿を用意しなくてはならないのでここでは詳述を控えるが、ざっくばらんに言うと「なんか好きだから……」の一言に集約される。
6月。サンハトヤのターンである。
いつも行く前はウキウキの気分であるのが常なのだが、今回は事情が違った。
旅行の数日前、私の人生の中でも三本指には入る哀しい出来事があった。それの引き金を引いたのが私自身ということもあり、とてつもなく気分が沈んでいた。
サンハトヤを予約したのは4月初旬で、その頃は“哀しい出来事”の予兆は全く無かった。今回は偶然の巡り合わせで感傷旅行と相成った。
東京から特急踊り子に乗る。
伊東に向かう際の朝食はいつも「まい泉」のヒレかつサンド(3切)。
コンビニで「ミルクの束縛」というのがなんとなく気になって買った。あとでレシートを見返したら213円とこの手のパック飲料にしては強気の価格設定で「ゲッ」となった(みみっちい)。
どうも生乳を使っているのがウリらしい。飲んでみたらコクが深くて確かに美味かった。
伊東に向かうときはいつも普段読まない初見の漫画雑誌を読むことにしており、これも楽しみの一つである。今回はなかなか当たりだった。
漫画雑誌を読み終えたあとは仮眠しようと試みたり(寝れなかった)、文庫本を読むなどして車内の時間を過ごした。
伊東駅着。ちゃんと晴れてよかった。
サンハトヤのチェックインは15時から。
まずは観光だ。
伊東に来たら必ず寄る店がある。
ソフトクリームが名物の古き良き喫茶店「スイートハウスわかば」だ。
アットホームな雰囲気が心地よい。観光客も多いが、地元の方にも親しまれているようだ。
アイスコーヒーとソフトプリン(ソフトクリームとプリンのセット)を注文する。
ソフトクリームは季節によって甘さを変えるこだわりの一品(夏はあっさり、冬はちょっぴり甘め)。
美味しい。
バス(1時間に1本)の時間がキワキワだったので18分ほどでバタバタ退店。次はゆっくり過ごしたい。
駅から東海バスで池田20世紀美術館へ。行くのは初めて。
30分ほどで着くと聞いていたが、道が混雑していたのか50分ほどかかった。
ここでは美術品好きの社長さんが収集したというコレクションが展示されており、ウェブサイトの説明いわく「わが国初の本格的現代美術館」とのこと。
かの有名なアンディー・ウォーホルのシルクスクリーン作品「マリリン・モンロー(10点組)」があってテンションが上がった。
他にはモイーズ・キスリング「女道化師」、フランシス・ベーコン「椅子から立ち上がる男」、フアン・グリス「手を握る女」を見られたのが収穫だった。
常設展・企画展ともに1時間もあればじっくり見られるほどの量。小ぢんまりながら充実した空間だった。「本物」の持つ力はすごい。
来た時と同じ距離をバスに揺られ、伊東駅へ。
スピッツ「運命の人」冒頭の歌詞(バスの揺れ方で人生の意味がわかった日曜日)ではないけれども、
「頻繁ではないが、たまに楽しい時間が訪れる。人生はそれだけで上等なのではないか」
そんな風なことを思った。
15時伊東駅着。
この時間帯はサンハトヤへの無料送迎バスがちゃんとあるのだが、私はサンハトヤへの道のりも好きなので徒歩で行くことにしている。
駅前のマックスバリュで風呂上がりに飲む用のカルピスウォーターを購入。
我ながら惚れ惚れするプランだ。
駅からは海まではあっという間である(「伊東オレンジビーチ」という名称が付けられている)。
海沿いの道を歩く。 向かう途中にある巨大な道の駅「伊東マリンタウン」の遊園地めいた賑やかな外観が目に楽しい。
そうこうする内にサンハトヤの看板が見えてきた。
サンハトヤ着。
今年もここに来れた。ありがたい。
チェックイン。
部屋(和室10畳)でひと休みし、お風呂に向かう。
サンハトヤ最大のウリと言っても過言ではないのが「海底温泉」。CMを見た者に「一度行ってみたいなぁ」と思わせる、訴求力が高いポイントである。
なんと風呂場の壁が巨大な水槽になっており、魚たちが悠々と泳いでいるのだ(アジ多め)。温泉と水族館の合体。それすなわち、快楽と娯楽のマリアージュ。
この喜びはまだ人類には早すぎるのではないでしょうか。
温泉でのぼせ気味の頭でこの水槽に対峙すれば「竜宮城って本当にあったんだね、パトラッシュ……」とむせび泣くこと間違いなし。
サンハトヤびいきの人間なのでついついヨイショしてしまったが、冷静な目で観察すると、魚たちはどことなく覇気が無いように見える。物憂げに泳ぐ魚たちは、我々にさまざまなことを示唆してくれる。
ちなみにサンハトヤのお風呂は一日ごとの男女入れ替え制。
今日は小さいサメが泳いでいる方のお風呂だった。
ということは、明日はウミガメが泳いでいる方のお風呂である。
周囲に「定期的にハトヤ・サンハトヤに行くんですよ~」という話をすると、たいてい「どこらへんが楽しいんですか?」「(一人で行って)何が目的なんですか? 答えによっては撃ちますよ」という質問(脅迫)を受ける。
カッコつけて言うと、私は「何もしない」をしに行っている。
と言っても部屋で本当に何もせず天井の片隅を凝視しながら体育座りを7時間するだけ、という極限状況を過ごしているわけではない(これではただの独居房である)。番号とかで呼ばれたりもしない。
自宅だったら絶対見ないテレビ番組を見たり、この日のために買っておいたとっておきの本を読んだり、たまってる日記を書いたり、温泉に入り浸ったり、とひたすら無為の時間を過ごすのが目的である。
頭を完全にからっぽにすることで、私はハトヤ・サンハトヤにて無我の境地を目指す。
自分で自分の機嫌を取る。そういう半年に一回のごほうびである。
またサンハトヤで見る「THEフィッシング」が格別の趣きなんだな、これが。
18時30分。
夕食バイキングの幕開けである。
私くらいのサンハトヤマスターになりますとですね、もう海鮮とか見向きもしないでエビフライ+唐揚げトッピングのCoCo壱ばりのカレーをこしらえてしまいますね、ええ。
牛鍋の残りスープを投入するとビーフカレー感が一気に増して激ウマでございました。
19時10分ごろ。
「音と光のレーザーショー」が開始。
レストラン会場には前方に大きな舞台がある。
コロナ禍になる前はレーザーショーがメインではなく、世間的には無名の演歌歌手によるディナーショーをよくやっていたと思う(ご飯を食べ終わって会場を出ると、長テーブルで歌手とスタッフがCDを手売りしているのがいつもの光景だった。ザッツドサ回り)。
今でもゴールデンウィークや夏休みとかの特別なときにはマジックショーなどをやっているらしい。
レーザーショーは毎回演目が同じなので、さんざん見てきた私はもう頑張って見る必要がない。暗闇にレーザービームが交錯するなか、黙々と飯を食う。
ハトヤマニアにとってはレーザーショーが終わってからが本番である。
ショーが終わると、急に舞台の緞帳がスーッと上がり、煌びやかなステージ(ただし無人)が出現する。
CMでおなじみの「♪ 伊東に行くならハ・ト・ヤ」のテーマソングが爆音で鳴り響き「誰かが登場するのか?」と会場がざわめく中、人々の困惑を切り裂くように「パタパタパタッ!」という謎の音が。
それは、会場後方の2階席から解き放たれた白いハトたちの羽音である。
けなげなハトたちは、舞台の扇形のセットにちょこんと停まるのであった。
こんなアナーキーかつドラッギーな治外法権空間が伊東に現存することを、この場にいる者以外で他に誰が知っているというのだろうか?
ここからもうひと展開あるのかと思いきや、「ジャ~~~ン!!」といかにも大団円的なSEが鳴り、緞帳がスーッと下がってショー(?)は唐突に終わりを迎える。
何事も無かったかのように「引き続きお食事をお楽しみください」の空気が流れる。我々は集団幻覚を見させられたのだろうか。
「ハトがちょこん」から「緞帳スーッ ↓ ↓ ↓ 」までのタイムが冗談みたいに早いので、シャッターチャンスをモノにしたいのであればその点にぜひお気をつけいただきたい。
食事後はゲームコーナーへ。
私は旅館・ホテルにあるゲームコーナーに目が無いタチで、館内にあれば絶対に立ち寄る(ちなみに熱海だと「ニューフジヤホテル」のゲームコーナーが圧巻)。
ここも前はもっと「ゲームセンター!」という感じの広さがあって好きだったのだが(「マリンファンタジー」という名前だった)、今は規模が縮小してしまったのが少し残念。
本旅行においては「普段やらないことをする」のがモットーなので、ここではメダルゲームをやる。年に一回の勝負。
メダルゲーム機の付属物と化して無心で楽しむ。
1,000円 200枚のメダルで1時間ほど遊べた。
部屋に戻り、自宅でもリアルタイム視聴するほど好きな番組「出没!アド街ック天国」を見る。
ここが本旅行最大のハイライトかつクライマックス。
実に幸せな1時間である。「溜池山王」特集を全身で堪能した。
【参考】「アド街」への愛を語った過去記事
本日2回目のお風呂へ。
サンハトヤには露天風呂がある(ハトヤには無い)。夜風が気持ちいい。
再び海底温泉に浸かり、魚たちとにらめっこ。
初めは魚たちの元気がないように見えるのが気になったが、温泉によって忘我状態に近付くにつれ、物憂げな魚たちが私の沈んだ心を肩代わりしてくれているような気がしてきた。
こんなことを考えだす時点でメンタルがやられているのは明白なのだが、ここからまた第一歩を踏み出す必要のある自分にとって、ゆらゆらと泳ぐ彼らの無言の励ましはありがたかった。
私の視界もいつの間にかゆらゆら揺れていた。
部屋に戻り、マックスバリュで買っておいたカルピスウォーター(冷蔵庫でキンキンに冷やしたヤツ)を飲みながらテレビを見る。
中でも“中国料理界の革命児”と呼ばれるシェフ・脇屋友詞氏の生い立ちを辿った「アナザースカイ」が思いのほか面白く、引き込まれた。
0時45分就寝。どこかでびゅうびゅうと風が鳴っている。
サンハトヤ2日目。
5時50分起床。
「すべては朝風呂のために――」
私の中のローマ教皇(なんかめっちゃ偉い人というイメージで使用しただけの単語)がおごそかに告げるのであった。
風呂場が昨日から交代になっており、今日は水槽にウミガメがいる日。このウミガメはとりわけ哀しい目をしている。
「今年も会いに来たよ」と挨拶したかったが、さすがに来る時間が早すぎたのか、ウミガメは水槽右端の片隅でガラス面に顔を押し当てて眠っていた。
今日は雨が降る一歩手前のくもりの日。
外気温が低めの分、露天風呂は極楽である。
もう一度海底温泉に入り、そろそろ出ようかというところでいつの間にか起きていたウミガメが向こうの方からのそ~っと泳いできた。
ウミガメがこちらのことを認知しているわけもないが、(妄想するのは勝手なので)なんだかわざわざ私に会いに来てくれたように思い、「なんて義理堅いウミガメなんだ」と感激した。
ウミガメが左端に到着、そこからゆっくり旋回して再び向こうに遠ざかっていく後ろ姿を見届け、私は海底温泉を後にした。
部屋でしばし涼んだのち、朝食バイキングに突入。
可もなく不可もないラインナップ(誉め言葉です)がいかにも「古き良き朝食バイキング」の王道を突き進んでいてとてもうれしい!
レストラン会場の大きな窓からの眺望ももちろんオーシャンビュー。優雅な時間を過ごした。
部屋に戻り、「がっちりマンデー!!」を見ながら帰り支度をする。
モリタクさんすっかりお痩せになった。
チェックアウト。
8時30分発、伊東駅行きのハトヤバスに乗る。
遠ざかるサンハトヤを尻目に「また来ます」と心に固く誓う。しばしのお別れ。
伊東駅着。
サンハトヤを出てしまったら本旅行はもう終わりである。
伊東線で熱海駅まで行き、新幹線で東京に戻った(10時18分着)。
今この瞬間もきっと、物憂げな魚たちは淡々と泳ぎ、ウミガメは独特の哀愁を振りまいていることだろう。とりあえず彼らは一人の男を救った。
今年のサンハトヤも最高だった。