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大陸の女たち
以前、日本の女たちと題して、日本人女性の話をしましたが、今回は大陸の女たちについて、語っていきたいと思います。
まずは欧州の話。
キリスト教は離婚を禁止していたので、女性のみならず男性も離婚を求めることはできませんでした。
我が国が鎌倉時代(もしかすると、もっと前から)には、女性から離婚を求めているのとは対照的です。
白人男性の方は、革命の時代を迎え、徐々に規制が撤廃されていきましたが、女性はそのまま放置されました。
女性から離婚できるようになったのは、20世紀に入ってからです。
スカートはロングスカートで、足首まで届くものを履き、男性に逆らうなどもってのほかでした。
我が国の戦国時代に来日した、ルイス・フロイスは、太腿を露わにして、旦那を追いかけまわす奥さんを見て驚愕しています。
更に、酷い話が、貞操帯(ていそうたい)というものです。
簡単にいうと「鉄のパンツ」です。
十字軍などで遠方に出征する男たちは、奥さんに「鉄のパンツ」を履かせるのです。
他の男と関係を持たないようにするためです。
パンツを脱ぐには、鍵で開ける必要がありました。
この鍵を旦那が持って行くのです。
その間、女性は「鉄のパンツ」を履いたまま。
不衛生極まりない状況です。
更に、旦那が戦地で死亡すると、鍵は一生、帰ってきません。
結局、この不衛生によって死亡する女性も出てきます。
一方、我が国は和歌や夜這いで、熱く語り合い、女性は、不特定多数の男性と関係を持つという状況。
ところ変わればと言いますが、変わり過ぎだろ・・・と思ってしまいます。
次は支那の話。
支那でも、女性は男性に従うべきとの考えが一般的でした。
これは儒教(じゅきょう)の影響でもあります。
女性は結婚しても、姓は変わりません。
これは現代も続いていますね。
この姓が変わらないという文化。
最近の日本でも、夫婦別姓という話が出ていますが、この根本的な考えを知っていますか?
これは、結婚しても、ずっと他人のままという考えなのです。
どれだけ家庭のために尽くしても、夫に尽くしても、懸命に子供を育てても、同じ家の人間ではないという観念です。
あくまで子供を産むための道具に過ぎないという捉え方なのです。
だからといって、支那の男性が、冷たくあたっていたわけではありませんが、子供が産めなければ、さっさと斬り捨てる文化でもありました。
新しい奥さんを迎えるのです。
この考え方は、我が国の江戸時代にも浸透しました。
出戻りというものです。
特に武家などで多くみられます。
子供が産めなかったので、実家に戻るというものです。
しかし、それ以前の我が国は、夫婦を別れさせるのではなく、女性が別の種をもらいに行くという、全く違う方法が採られていました。
どっちがいいのか、分かりませんが・・・。
この支那の考えが、更に酷くなったのが、朝鮮です。
朝鮮の女性は、結婚すると名前がなくなります。
完全に子供を産むための道具となるのです。
「〇〇のお母さん」「〇〇の奥さん」という呼ばれ方になります。
当然、朝鮮も儒教文化ですから、同じ家の人間にはなりません。
いつまでたっても他人のまま。
名前もない。
子供が産めなかったら、実家に戻される。
更に、凄い話が、結婚前の儀式です。
結婚する前に、女性は旦那以外の男性と関係を持つんです。
村長や長老のような人が、最初の男性となります。
そして妊娠すれば、この女の子は大丈夫だと言って、嫁に出すんです。
子供は中絶させられるんだとか・・・。
凄い話ですね。