歌姫IUから学ぶ、強く優しい愛の在り方
2024年1月24日、IUの新しいアルバムThe Winning の先行公開曲 Love wins all が公開された。
IU/아이유/アイユー。1993年生まれ、多くの苦労を経て15歳でデビュー。その後“韓国の歌姫”や“国民の妹”と呼ばれるようになり、アイドル顔負けの大衆人気を博しながらも、ジャンルや性別にとらわれない、文字通り多種多様なコラボ、そして俳優としても積極的に活動する彼女の名前は、韓国の音楽やドラマに関心がある人なら、一度は耳にしたことがある名前ではないだろうか。
実は去年秋、渋谷のヒューマントラストシネマで、2022年に行われたIUのライブ「THE GOLDEN HOUR」の上映があるとインターネットで知り、公開初日のチケットを購入して観に行った。
コロナが少し落ち着いてきた2022年9月末に開催されたコンサートで、韓国最大収容人数を誇るソウルオリンピックメインスタジアムでのライブは、女性ソロ歌手としては初めての偉業とのことだった。
上映時間は約3時間。これまで、たびたびIUの歌や言葉に触れてきたことはあったが、1回でそれだけの時間を使って彼女に向き合うのは初めてだった。
何を隠そう、ファンクラブには入っていないし、曲名が全部言えるわけでもない。長くIUを応援してきている人からしたら少し見当違いなこととか書くかもしれないけれど、ずっと遠巻きにIUの存在に、歌に、言葉に勇気付けられてきた人間の戯言だと思って、読み流して欲しい。
MBTIが大盛況な昨今だが、私は人の性質を大きく「優しさ」と「強さ」の2つに分けて考えている。
敢えて優しさという表現を使ったけれど、無垢な優しさは「強さ」の前では「弱さ」だ。
弱さの要素が強い人間は、それを補完するかのように、絵を描いたり、曲を書いたり、はたまた文字を書き連ねるなどして、「弱さ」をなんとか「強さ」をに変えている気がする。どうしようもなくなると、無闇に他人を傷つけて強がってみたり、これ以上傷つけないでと、自分で自分を傷つけてみたりもする。
強くないと搾取されたり淘汰されることが、とても多い気がする。
生きていくにあたっての不完全さを自覚している私にとって、この距離感でも分かるくらいに優しくて強いIUは、とても興味深い人物だった。
彼女の優しい強さは、悲しいかな、仲間の死のタイミングに強く色濃く出る。そんな状況が何度もあること自体とても恐ろしい話ではあるが、世間がどれだけ哀しみに包まれてたとて、彼女はいつも言葉を紡ぐことをやめない。そのたびに、彼女のしなやかな強さに触れてきた。
旧友のKARAのハラの自死による訃報は、自身のライブ中に聞いたようで、客席からも心配の声を受けつつ「こんな時こそ愛し合わないといけない」と「Dear Name」を歌い上げる姿は、到底26歳には見えない。
(上記は公式アカウントより該当曲「Dear Name」を引用。)
IUが自身の番組として持っているpaletteは、多くの有名アーティストが出演しているので、観たことがある人も多いだろう。
さまざまなゲストを招いて、トークを中心に進行しつつ、間に必ずお互いの楽曲を歌い合うコーナーがある。NewJeansに「Color Switch」の名をもらったこのコーナーこそが、この番組のアイデンティティだとIUは番組内で話している。
2020年9月にスタートし、2024年2月時点で話数は合計25話。決して多くはない話数から、むやみやたらには撮影していないのが伺えるし、当初は1話あたり20分前後だったのが、今は50分以上のコンテンツになっていて、つくると決めたら、相当誠実に向き合っているようにも思う。
コンテンツを見ていて思うのは、IUはかなりポーカーフェイスで、いわゆる大衆的なバラエティ番組はあまり得意ではない気がする。あまり泣かない性格で、自身の心をドライだと表現するのも、理解できる気がする。
その一方で、ゲストに対してのリスペクトは絶対に忘れない姿勢も印象的だ。ゲストは大体新曲やアルバムの発売に合わせて出演することが多いが、必ず全部に耳を通しているようで、この曲が好きでした、と番組内で必ず話している。KARAの回では、収録日時点でアルバムが完成していなかったようだが「お願いしてデモテープを聴いてきた」とコメントしていた。
そして一番印象的なのは、自分が褒められた時はいわゆるポーカーフェイスなのに、自身のバンドメンバーがゲストから褒められたりすると、本当に嬉しそうに、誇らしそうにすることだ。時々たまらず「うちのバンドチーム、うまいでしょ?」と自分から話している場面も見受けられる。
最近のpaletteでは、特に話す訳ではないのに、冒頭からずっと後ろにバンドメンバー達が控えていて、彼ら彼女らもれっきとしたレギュラー出演者なのだ、という意志が見える。
今回の新曲 Love wins allのバックステージについての動画IUTVにも同じこだわりがうかがえる。
もちろんIU自身もたくさん映るのだが「忙しい中MVに関わってくれた」とオム・テファ監督と、BTSのV氏の紹介にかなりの時間を割いている。そして、見切れるスタッフの顔にはモザイクがかからず、バックステージカメラの撮影スタッフの声も、そのまま動画に出てくる。これがいかに特徴的なのかは、同じ現場を同じ時間軸で撮影しているBTSepisodeのバックステージ動画と見比べればよくわかると思う。
誤解のないよう書き加えておくと、様々な事情を考慮した場合“正しい”のはBTS側の構成なのだと思う。スタッフの映り込みくらい、と思うかもしれないが、これが発端となって、本当にさまざまな課題が生まれるのは、この時代にこの規模感、想像に難くない。
すなわちIUTVのこだわりは、強い意志の表れなのかな、と思う。(余談だが、同じ強い意志を、韓国テレビプロデューサー、ナ・ヨンソクプロデューサーの作品でも感じる。)
その他、IUは、所属事務所との契約更新の条件として自身のスタッフの福利厚生の向上を提示したことも有名なエピソードだ。また今年のワールドツアーに先駆け昨年からチケットが先行販売されているが、そのチケットを高額転売したファンクラブ会員をファンクラブから永久追放したこともニュースになっていた。昨今、むしろ大手事務所がダイナミックプライシングを正式に導入するかもしれない、という状況ですらあった中で、このはっきりとした意志表示に、また彼女の強さを目の当たりにした気がした。
さて、ここまで彼女の優しさと強さの話をしてきたが、こうやって、優しさと強さのバランスをとってゆくのは、到底簡単なことではない。相当なエネルギーが必要だ。
こうすればもっと良くなるはず、という理想を、理想で終わらせず、実行に移すことが、どれ程に難しいことか。ここまで読んでくださってる方も、人生経験があればあるほど、言い換えれば、大人になればなるほど、各々自身の経験を以って深くご理解いただけるのではないだろうか。
意志が提案に変わり、全体の変化となった時、そこには責任が伴う。特に世間からの注目度の高い彼女は、何をしたって何か言われるはずだ。常に審議にかけられるかのような状況に、何かひとつをするにつけても、しっかり考えてからじゃないと踏み出せないだろうし、自信を失うこともあるだろう。でも、自信がない中での優しさは、ただの自己犠牲になりかねない。
また想いがうまく伝わらず、最初は見ている方向が一緒だと思っていたのに、去っていく仲間もいただろう。単純に去るだけならまだいい、何かの拍子で思い入れが憎しみに変わり、彼女を傷つけようとすることがあってもおかしくないと思う。それが「有名だから仕方ない」と片付けられがちな昨今の世の中で、どうして、どうしてこんなにも優しく、そして強くい続けられるのだろうか?
IUに自分を重ねるなんて誠に烏滸がましい話ではあるが、こうやって物を書くようになり、見てくれる人が増えてきて、何かあったら結構簡単に肉体を諦めそうな私にとって、一体何が彼女を支えているんだろう、と、ずっと関心があった。
渋谷の映画館で朝10時から上映だった。
平日の朝10時ということで、そこまで席は埋まってはいなかったものの、男女比半々、年代もさまざまで、ここ日本でも、やはり彼女の幅広い人気ぶりがうかがえた。
私が座った座席の3列ほど前の座席に、IUのペンライトを握りしめた中年男性がいらした。画面をじっと見つめる背中がすごく記憶に残っている。
映画の冒頭、すぐにライブが始まるのではなく、思ったより長い間、開演前の夕暮れ時のオリンピックメインスタジアムと、来場しているファンの皆さんが映し出されていたように思う。
幸い天候に恵まれていたようで、夕焼けが綺麗だった。
とても暑い日だったのか、皆半袖姿に、うちわで仰いでるような人も見られた。
家族連れも多い様子が、昔に行った「いきものがかり」のライブの雰囲気が似ていると思った。
空がオレンジ色よりも暗闇の色方が濃くなってきた頃、BTSのSUGA氏とコラボ曲「eight」の歌い出しでステージセットが開き、ライブがスタートする。
登場したIUを見て、本当に夜が似合うし、その中の光がもっともっと似合うなあと思った。
スタジアムなだけあって、照明や花火など、規模感は大きいのだけれど、いわゆる勢いで圧倒させるような演出はなく、また、曲と曲の間をトランジションさせたりもせず、一曲を大切に歌ったあと、その余韻を感じきって、次の曲に入るといった構成が、最近あまり見ていなかった構成に思えて、逆に新鮮だった。
そして、ライブ中のトークがものすごく印象的だった。
「水を飲みますね」
「歩いてそっち、行きますね」
「戻りますね」
一つひとつの小さな出来事を噛み締めるかのような細切れのトークを聴きながら(正確には字幕を読みながら)やはり、あまりフリートークは得意じゃないのかもしれないと思った。改めて、paletteは相当準備をして臨んでいるんじゃないかと思ったし、そして、それでもやりたいと思っている企画なんだろうな、と思った。
このライブで彼女は「この歌を歌うのは今日が最後です」と話して「palette」と「GoodDay」の2曲を今後ライブのセットリストから外すと話した。
どちらも人気曲で、だからこそ、ここでも彼女の強さを感じた。
人前に立つ仕事をしている人が時々「みんながいなければ自分のいる意味はない」と話すことがある。ある意味正しいけれど、人と人との繋がりを隔たれたコロナを経験して、それって実はとても怖い考えなんじゃないかと思った。
「この曲を聴きにきた人もいますよね」と言いながらも「だからこそ大切に歌いますね」と迷いなく思い出の2曲に別れを告げた姿に、ああ、IUはきっと、自分を主語にして生きているんじゃないかと思った。
以前から、彼女が自身の恋愛をあまり隠さないことを、少しだけ不思議に思っていた。ファンのことを第一に考えているのが分かるからこそ、公開することで、逆にIU自身がしんどく感じる場面が増えるのでは?と感じていたのだ。
決して見せびらかすように恋愛をするわけではないのだけれど、何かの拍子でその事実が世に広まったとて、その都度否定することなく、そして凛としている。不思議だったけれど、きっと、IUは、そうすることで、IUとして、そしてイ・ジウンとして、自分の人生を、自分の足で歩んでいるんじゃないかなと思った。そうすることで、非現実にも近いような状態の日常とのバランスを取ってきたのではないだろうか。
これは、同じ15歳でデビューした宇多田ヒカル女史のいうところの「人間活動」、BTSのRM氏がいうところの「狂わないためにために狂わないといけない」にも近い気がする。
後半、やはり自分ではなく、ダンサーやバンドメンバーを褒めながら、十二分に言及しながら、アンコールも終盤に差し掛かった頃、スタッフ達からのサプライズで、お疲れ様のケーキが出てきた。
「サプライズが得意ではないんですが・・・ありがたい。」と話す彼女を見て、やっぱり自分のことになるとポーカーフェイスになるんだなと思ったし、きっと、だから歌が、音楽が好きなんだと思った。
当初のタイトル「Love wins」から「Love wins all」に変更された今回の新曲の公開に先立ち、IUの今作に込めた想いがトラックイントロとして公開された。
ここに、私がずっとIUを観察していた答えがあったように思った。
以下、Kstyleの記事よりイ・ミンジ記者の日本語訳をお借りする。
「愛には十分勝算がある」
逆説的であるけれど、胸を張ってこれを言えるようになるには、愛を失った経験がないと難しいと思う。
喜怒哀楽に揺さぶられ、何度も期待しては裏切られ、諦めて。
このイントロを読んで、ああ、IUとしても、イジウンとしても、全てを諦めて終わらせようとしたことが、きっと何度か、いや何度もあるじゃないかな、と思った。
でも、それでも、優しい人は愛に期待せずにはいられない。
そして強く優しい人は、また愛で立ち向かうのだ。
なぜか。愛はいつも一人ではないからこそ、壊れても、また、どちらかがはじめないといけない。愛の勝算を思い知っている側こそが、それを始めるべきなのだ。
どんな灰色にも無関心にも、彼女は愛で何度だって暮れる瞬間まで何度も立ち向かえる、包み込める確信があるのだと思った。
大人になればもっと自分はしっかりしていると思っていた、と思う人は多いのではないだろうか。私自身もそうだった。
でも最近になって「ああ、これが大人になったということか」と思うことがひとつある。
小さい頃に教えられたことが、いろんな経験を伴って「だからああやって教えられたんだ」と思うことが増えた。
・ありがとうとごめんなさいはしっかり言いましょう
・時間は守りましょう
・嘘はついてはいけません・・・
それがどうして大切なのか、一言では到底説明できないけれど、それでも、何も分からない無垢な子どもにも、大切なことだよと教えてあげたいことばかりだ。
そんな中でも、ずっと輪郭がぼやけていたフレーズ、正確には見えたと思ってもまた見失っていたのが「必ず最後に愛は勝つ」だった。
きっとこれから先も、何度も疑問に思うんだと思うけど、私自身も暮れる時が来るまで、その都度、私から愛を始められる人になりたいと思っている。
今年に入って本当に悲しいことが続くけれど、どうか誰かの心に、誰かの始めた愛が繋がるといいなと願ってやまない。
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最後に
今回、この記事には公式のものを引用しましたが、今日まで、IUのことを知りたいと思うたびに見てきたのは、多くのIUのファンの方が作られた日本語訳動画でした。IUのファンの方が作った動画は、IUの善い言葉や歌をもっと広めたい、と言う思いがこもった温かいものが多いので、もしご興味持たれた方はぜひ見てみてください。
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