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称賛されたい私の浮遊する苛々(と今週の作り置きレシピ)

自分のやっていることに価値がある、と確信が持てることは実はごく稀なことなのかもしれない。

毎日の家事自体は、無限のループのようだとは思うけれども、特に嫌いというわけでもない。
掃除などは好きではないけれど、これは生きていくために必要なことなのだ。洗いたてのバスタオル、つるっと白いお風呂のタイル、きちんと出汁をとった味噌汁、気に入りの皿に盛り付けてある料理。私は、そういうものを愛している。朝起きて、ささっと周りの掃除をして、ベッドメイクをする。お弁当を作り朝食を作り、後片付け、午前中のうちに洗濯、お昼ごはんを食べて、また後片付け、トイレ掃除をしてアイロンがけをして、そうしたらもう夕方で、夕食の準備をして、食べて、また後片付け。そういう繰り返す輪環。

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昨日の午後は、キッチンに籠もって、作り置きのおかずを作った。
コロナ禍で、日に日に政府の外出統制が厳しくなってきた。私が外に出るのは、週に一度の食料品の買い出し(二時間以内に限定)の機会くらい。

冷蔵庫には、もうそんなに生鮮野菜が残っていない。ルッコラがひとつかみと、使いかけの葱、それに根菜(紫キャベツとさつまいもと玉葱)に、冷凍のとうもろこしとグリーン・ピー。それに使いかけのベーコン、ツナ缶、ブラック・オリーブ、トマトペーストなどのパントリー常備食材と合わせて、お弁当と夕食だいたい三日分の副菜の作り置きを作る。

夫は、和食が好きだ。私が熱を込めて料理をしているのは知っているし、こういう和風の食事を作る手間は、アジアの食材があまり手に入らないこの国では一層増すということも知っている。そのことには、とくべつに感謝もしてくれていると思う。そしていつも、おいしかった、食後に満足そうに言ってくれる。おいしかった。(それだけ?)食事に対しては必要十分な賛辞だとは思う。でも私の中には鈍く何かが燻っていて、どこか不満な気持ちが残る。では、一体私はどんな言葉をかけてもらえば満足なんだろう。

作り置きの副菜を作る時は、私はそれぞれ五色の色あいになるように工夫している。紫、赤、黄(または橙)、緑と、茶色。
紫色が入ると、だんぜん盛り付けが華やかなになるので欠かせない。紫キャベツ、ビーツ、紫玉葱に紫芋。日本だったら、市販の柴漬けや梅酢に漬けた大根やラディッシュでもきれい。赤はパプリカやトマト、黄色は人参、さつまいも、そして卵。緑は葉物野菜やブロッコリー、そしてえんどう豆の翡翠色。季節の野菜の色は、とてもきれい。それにおいしそうな茶色のおかず。佃煮やきんぴら、ちょっと濃い目の味付けの煮物などの常備菜。これらのおかずを少しづつ盛り合わせて、メインに肉か魚を焼いたものを添えるのが、わが家の食事のスタイル。

【(ほぼ)空っぽの冷蔵庫とともに作る今週の作りおき】
紫キャベツのタイ風マリネ
ルッコラのナムル
冷凍コーンとピーのオムレツカップ
さつまいもと生姜のきんぴら
トマトとツナのリガトーニ
葱ベーコンのハニーマスタード煮

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今日の紫色は、紫キャベツのタイ風サラダ。紫キャベツは千切りにして、ナムプラーをまぶす。しんなりしたら少し水気を絞って、薄切りの紫玉葱、みじん切りにしたたっぷりのパクチーと混ぜて、レモン汁を加える。味見をして、味が薄いようであれば、ナムプラーを足す。好みで砕いたピーナッツや唐辛子を加えてもいい。ちょっと濃い目に味をつけておくと、きゅっと酸っぱくてしょっぱい漬物みたいな感じ。そして今日の緑色は、ルッコラのナムル。さっと茹でらルッコラ(とてもかさが減る)をごま油と塩少しで和えるだけ。(にんにくはお好みで)。仕上げに黒胡椒をたくさん挽いて入れる。
今日の黄色は二品。マフィン型にシリコンカップを敷いて(洗い物が楽)、冷凍のコーンとピーをそのまま入れる。すりおろしたチーズものせて、そうっと溢れないように溶き卵を七分目くらいまで注ぐ。200度のオーブンで、15分焼く。これは卵焼きの代わりにお弁当に入れても、チーズも入っているのでおつまみにも。具は何でもよくて、パプリカ、オリーブ、アンチョビなどだと、大人のおつまみらしく。ツナやハムを足してボリュームを出しても。

赤いろには生の食材が何もなかったので、常備しているトマトペーストとツナでスープ状の煮汁を作って、リガトーニを直接その中で煮る。ケイパーと黒オリーブも一緒に煮込んで、旨みを足した。黄色いのは、さつまいも。こちらのさつまいもは中がオレンジ色をしている。細く切って、少し生姜の千切りを加えて、砂糖、醤油、みりん(あるいはメープルシロップ)で照りを出すように炒める。食材はあと葱ぐらいしかないので、根元の方を(緑のところは刻んで薬味にするので)ベーコンで巻いて、焼き付けたところに、水少しでのばした粒マスタード、蜂蜜、醤油をたらり、を絡めて煮詰める。

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お料理ができたら、私は丁寧に盛り付けて、テーブルを整えて、写真を撮る。ツイッターに載せて、みんなに見てもらう為に。実際に食べる彼は、「おいしいね」くらいしか言わないのに、ツイッターで見てくれる友人たちは、実に多彩な言葉をかけてくれる。私はたぶんにそこで自尊心や自己顕示欲と、自分の日々の労力のバランスをとっているのだと思う。マルタの友人が私のレシピを気に入ってくれたり、イタリアの友人がおいしそうねと声をかけてくれたり、フランスの友人がテーブルコーディネートを素敵だと言ってくれたり、アメリカの友人が私の料理を見ると元気が出ると言ってくれたりする、そのことで。

テーブルをうつくしく設えたり、きれいなお皿を選んだり、丁寧に盛り付けたり、などは元来好きな作業ではあるけれど、実は自分自身のための丁寧な暮らし、というのとはちょっと違う。私の場合、ディスプレイの向こうで見てくれている、私の「理解者」である友人たちへの、多少背伸びをしておすましをした、プレゼンテーションなのだ。女友達と出かける時に、いつもより丁寧にお化粧をするような。そのおかげで、あの無限の繰り返しに思える単調な作業を、少しだけ自分の表現やアートの一部だと思えてくる。

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そして、何より今週は。
さつまいもと生姜の組み合わせが、ものめずらしく新鮮で私の気に入った。

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岡田環/Tamaki Okada
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