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THE GAZETTEを読む(31)2018年10月号 レゴ®︎シリアスプレイ®︎でデザイン思考をより良くする

 本記事は、ラスムセン・コンサルティングが発行しているメールマガジンTHE GAZETTEのバックナンバーを、日本語訳をしながら、コメントを加えながら読んでいくシリーズの一つである。レゴ®︎シリアスプレイ®︎(LSP)のファシリテーター・トレーニング修了者向けに書いている。
 この記事の引用元原文はこちらのPDFから読むことができる。

 Forrester Research 社によると、私たちは「顧客の時代」と呼ばれる 20 年間の新しいビジネスサイクルの始まりにいるそうです。この顧客中心主義の時代には、組織は一般化された顧客セグメントだけでなく、個々の契約者と直接コンタクトを取ろうとする。顧客はいつでも、どこでもサービスを受けられることを望んでいます。企業は、オンとオフの両方で、個々のカスタマー・ジャーニーを理解する必要があります。デザイン思考は、顧客の希望や不安を含むカスタマー・ジャーニーを理解するための重要かつ一般的なツールとなっています。

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 上記で指摘されているように、現在では多くのビジネスがより顧客視点から発想を得て開発されるようになっている。
 そうした顧客視点のビジネス開発を後押ししているのが「デザイン思考(Design thinking: DT)」である。「デザイン思考」という言葉を生み出したのは、デザイン会社であるIDEOのTim BrownDavid Kelleyとされる。Tim Brownのデザインに関する考え方は以下の著作やTEDのビデオを通じて知ることができる。

 現在では「デザイン思考」を掲げる書籍は数多く出ていて(「〇〇式デザイン思考」という名称がつけられていることが多い)、それぞれごとに具体的な方法の差異はあるが、顧客の視点をを起点に発想を得てビジネスや製品・サービス開発をする、という姿勢は共通している。
 その顧客の視点から、商品購買行動の調査を行なってまとめられたものが「カスタマー・ジャーニー」である。「ジャーニー」という表現がついている通り、「カスタマー・ジャーニー」では、ある商品を購入したりサービスを利用したりするまでにどのような体験を積み重ねているかを「旅」というメタファーを利用して整理する。この一連の顧客体験を一覧できるようにしたものは「カスタマー・ジャーニー・マップ」と呼ばれる。
 これによって、顧客にどのタイミングでどのような働きかけをするか、もしくは製品やサービスの変更によって顧客体験をどう良い方向に変化させられるかを検討できるというわけである。
 ここでは「カスタマー・ジャーニー」がデザイン思考の終着点かのような解説に流れになっているが、実際にはカスタマージャーニーはデザイン思考の「旅」の途中であり、この後、具体的なアイデアから試作品の設計と検証というプロセスを踏むというのが標準的な流れである。
 標準的なデザイン思考のステップは以下のようになる。
 (1)想定する顧客の気持ちに共感する
 (2)取り組むべき問題を定義する
 (3)問題を解決するアイデアを多く考える
 (4)解決アイデアをもとにプロトタイプ(試作品)をつくる
 (5)プロトタイプを使って想定顧客にテストをする

デザイン思考スプリント


 デザイン思考(DT)は、創造的な問題解決のための規律であり、組織が人間中心の製品、サービス、社内プロセスを生み出すことを促進するものであり、デジタル変革のための重要なプロセスです。
 デザイン思考のアプローチを完全に取り入れるには、かなりの時間と多くの繰り返しが必要です。デザイン思考のプロセスを凝縮したものが、デザイン思考スプリントであり、わずか数日で具体的な成果を生み出すグループセッションです。
 従来のデザイン思考スプリントは、言葉やポストイットに頼ったブレーンストーミングや合意形成の手法を用います。この手法は、しばしば一貫性のない結果をもたらし、複雑なプロセスを単純化しすぎていると批判されることもあります。

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 デザイン思考のプロセスは、顧客の意見を得ることから、アイデアの発散と選択、試作と検証を繰り返しながら進むので、ここで述べられているように、ある程度の時間がかかる。
 その長さを短くして行おうというのが「デザイン思考スプリント(「デザイン・スプリント」とも呼ばれる)」である。こちらも現在ではさまざまな分派があるようだ。そのなかでも今号のGAZETTEで「デザイン思考スプリント」の書籍として紹介されているのがJake Knappらによる『Sprint: How to Solve Big Problems and Test New Ideas in Just Five Days』である。以下のように日本語版も出ている。

 上記の『SPRINT 最速仕事術』で紹介されているビジネスの開発期間は驚異の5日間である。書籍では以下のような5日間構成になっている。

月曜日 問題を洗い出して、どの重要部分に照準を合わせるかを決める。
火曜日 多くのソリューションを紙にスケッチする。
水曜日 最高のソリューションを選ぶという困難な決定を下し、アイデアを検証可能な仮説のかたちに変える。
木曜日 リアルなプロトタイプを完成させる。
金曜日 本物の生身の人間でそれをテストする。

ジェイク・ナップ,ジョン・ゼラツキー,ブレイデン・コウィッツ. SPRINT 最速仕事術あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法 (Japanese Edition) (p.40). Kindle 版.を筆者が修正したもの。

 上記を見て気づくのはデザイン思考のプロセスを縮めるために、顧客理解にかける時間を徹底的に省略している(顧客の声は聞かずに集まったメンバーのみで抽出する)。顧客の声は、製品やサービスの試行バージョン(プロトタイプと呼ばれる)ができてから聞くようにしている。この5日間バージョンはGoogle社で開発されたとあるだけに、顧客の声を聞かずともナチュラルに顧客心理を感じ問題点を見極められる超一流の人材が集まるGoogleならではの方法だとも感じさせられる。

LSPでデザイン思考スプリントをより効果的にする

多くのDTワークショップの経験から、レゴ®︎シリアスプレイ®︎(LSP)メソッドをスプリントデザインに取り入れることで、従来のデザイン思考スプリントのワークショップが抱える4つの大きな課題を克服できることが実証されています。

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 以下、デザイン思考スプリントが抱える4つの課題に対するLSPを使った処方箋を確認していこう。

課題その1 深さがない
 凝縮されたスプリントでは、行動することに強い偏りがあり、議論に没頭する時間はほとんどありません。時間的なプレッシャーはボールを転がすのに役立ちますが、あまり深く考えずに先に進んでしまう良い口実にもなります。
 LSPはスピードと深さを融合させ、同じ複雑なシナリオの複数の要素について、細部と全体像の間で妥協することなく、質の高い会話を可能にするのです。 

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 これは、第1日目(月曜日)に行われる「問題点の洗い出し」における難しさを指摘していると思われる。前述したように、スプリントでは顧客理解のためのインタビューに時間をかけないため、普通に進めてしまっては、顧客視点での材料出しにやや苦戦しそうである。また、そこで出された材料の分析(材料が相互にどう関係しているのかを理解する)や皆が納得する問題点への絞り込みも決して簡単ではない。この辺りは、問題点につながりそうな顧客が感じていそうなことについてのモデルを作り、モデル相互の関係性を示すランドスケープを作る応用テクニック(AT3)を使うことで支援できそうである。

課題その2 認知的疲労
 スプリント参加者は、同じスプリント中に何度も収束思考モードと発散思考モードの切り替えを求められるため、「付箋や言葉、ノイズが多すぎる」という認知疲労を感じることがあります。
 LSPは、参加者がお互いの話を聞くことができるため、ノイズキャンセリングになるのです。顧客インタビュー、ストーリーテリング、エレベーターピッチなどで効果的です。

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 これは、議論の「まとめ作業」をブロックのモデルで作って伝えやすくしようという提案であると解釈できよう。確かに、さまざまなインプットがあった後に、誰かにアイデアを端的に示すためにモデルを作るのは一つの有力な方法である。「デザイン思考スプリント」に限らず使うことができる。

課題その3 無形なものをとらえる
 DTにおいてユーザーに共感するということは、人間の経験を捕らえ、多くの物語、感情、タッチポイントを最も重要な一点に集約することを意味します。LSPは、抽象的な概念を具体化するために設計されています。それは、人間のニーズを探求するための完璧な処方箋です。「快適であること」「重要であると感じること」「怖いこと」など、人間中心アプローチで浮上するトピックを、お客様が何を言いたいのか、より明確にズームアップするための虫眼鏡のようなものなのです。

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 言語化しにくい部分に光を当てることができるのは、レゴ®︎シリアスプレイ®︎の特性の一つである。何らかの「体験」を語ってもらうときに、LSPは効果を発揮しそうだ。これは「課題その1 深さがない」とも連動して、顧客の抱えるどの問題にフォーカスするかという議論をするときに貢献しそうだ。

 課題その4 エネルギーを成果に変える
 DTスプリントで使われる手法の多くは、人を動かし、手を動かし、アイデアを具体的な形にすることに大きく依存しており、その根底にはエネルギーを高く保つという目標があります。しかし、ファシリテーターのスキルが高くない限り、エネルギーは実際の成果に変換されないまま費やされます。
 LSPはエネルギー最適化装置でもあります。なぜなら、個人がリラックスしている瞬間のエネルギーを保存し、本当に重要な時である傾聴と収束のフェーズにエネルギーを投資することができるからです。

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 ここではレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドを使うと、参加者がお互いの意見に耳を傾け、議論の合意をスムーズに得ることにつながりやすいという特徴を強調している。一つには、ブロックのモデルを通じて対話が進むので、「誰の意見か」ではなく「意見の内容」に注意を向けやすい。無駄な気遣いが不要になる分、エネルギーの消耗は避けられる。ただし、ブロックを使った思考方法は、初めてする人にとっては慣れないものなので、その意味で脳が疲れやすいことも考慮に入れなければならない。

 また、上記のことに関連して(まとめ的な位置付けで)、横のコラムでは次のようなコメントが掲載されている。

 レゴ®︎シリアスプレイ®︎(LSP)が登場したのは、今から約20年前、Googleの創業と同時期でした。デザイン思考スプリントという言葉はまだありませんでした。 
 私たちは、デザイン思考とLSPを組み合わせることで、非常に大きな付加価値が得られることを体験してきました。LSPは、深さとスピード、認知的な快適さ、バイアスを排除した誠実な対話を提供します。LSPは、エネルギーを分散させることなく、必要なところに集中させることができます。

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 レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドは、その根本的な位置付けが「会議の手法」となっている。その意味で、デザイン思考のステップの中にあるミーティングにも持ち込むことができる。そして上記で示されているデザイン思考スプリントを実施する上での課題についても、ある程度の支援はできるだろう。
 一方で、デザイン思考スプリントの全ての段階においてレゴ®︎シリアスプレイ®︎が使えるわけではないことには注意しておきたい。同じプロジェクトに関わる初顔合わせのメンバー同士を打ち解けあわさせたり、顧客の気持ちを引き出したり、円滑な分析、全体傾向をまとめるのには有効だと思われる。
 一方、解決策アイデア出しのプロセスでは、扱うテーマによって向き不向きが見られるだろう。粗々のイメージや方針の表現がアイデアに求められるときには使えるが、より具体的で詳細な仕組みまでアイデアで出さなければならないときはブロックでの表現は向かない。また、顧客に見せたり体験してもらう、より具体的なプロトタイプの制作やテストなどには使うことは難しいといえる。
 いずれにせよ、私たちにとって重要になるのは、デザイン思考やデザイン思考スプリントのプロセスをよく理解しておき、一番効果的な場所に投入する提案ができるようになっておくことであろう。デザイン思考に限らず、様々な手法とレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドとの比較や相互の親和性、相乗効果について、普段からいろいろと考察しておくことが求められる。このNoteの連載がその一助になっていけばこれほど嬉しいことはない。

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