THE GAZETTEを読む(33)2019年2月号 計画 対 戦略 その違いとは?
本記事は、ラスムセン・コンサルティングが発行しているメールマガジンTHE GAZETTEのバックナンバーを、日本語訳をしながら、コメントを加えながら読んでいくシリーズの一つである。レゴ®︎シリアスプレイ®︎(LSP)のファシリテーター・トレーニング修了者向けに書いている。
この記事の引用元原文はこちらのPDFから読むことができる。
上の文で言及されている画像はこちら。
ちょっと画像は粗いが、雰囲気は伝わるのではないだろうか。ブロック作品が線(チューブ)でつながれた複雑なモデルがテーブルに広がっており、参加者がそれを見ながら議論を重ねている。その参加者が所属する組織やチームが取るべき戦略を議論しているところである。
戦略を理解するためには、まず「計画」との差をしっかりと把握しておく必要がある。計画が逸脱を許容しない(逸脱が必要なときは計画を再度、立て直す)のに対して、戦略はある程度の行動の柔軟さをもつ。そしてどのように柔軟に対応するかについての方針も織り込んだものである。
この対比から分かるように、計画だけしか持っていない企業やチームは、戦略を持つことで行動の柔軟さを獲得することになり、結果として目標達成の可能性を高めることができる。
このような意味で、何らかの相談を持ち込まれたときには、その相手の企業が戦略をもっているのか、それとも計画しかもたないのか(計画もない場合もあるかもしれない)を、注意深く聞き出しておくことは重要である。
サッカーにおける計画と戦略
計画と戦略の差をもう少しイメージ豊かにしてもらうために、ここでは点を取るためのサッカーチームの事前練習の例えを出している。
計画はパスコースも最後にシュートを撃つ選手も「指定」されている。うまくいかなければ計画を作り直す。いずれにせよチームで取る行動は1つしかないということである。
戦略はスローインをする人も、ゴールを狙うシュート役も前もって決められてはいない(完全に自由というより何人かの候補がいるイメージ)。誰がスローインすべきか、誰がパスを受けてゴールすべきかは、その時の状況次第で変わってくる。その判断や対応を支えるものが戦略ということになる。ただし、事前にあらゆる状況を想定することが難しいので、練習しながら時間をかけて対応手順や基本的な考え方を洗練させていくということになる。
計画と戦略の違いを意識させるための例えは、その例えに詳しくないと自信を持って話せない。もしサッカーに疎いとしたら別の例えを探しておく必要があるだろう。相手の属する文化圏や年代、嗜好によって変わってくるであろう。このサッカーの例を参考に、例えのバリエーションも増やしておくことが必要であろう。
計画された戦略 対 学習された戦略
経営学の中では、計画と戦略の対比については「戦略は必要である」ことで、研究者間で見解はほぼ一致しているといってよい。そこまで学んでいる企業人であれば「計画か戦略か」ではなく「取るべきはどのような戦略か」に目が向くことになる。大企業の幹部候補クラスはもちろん、中小企業でも自発的にビジネス・スクールに通う社会人が出てきていることを考えると、そうした人に向けてファシリテーターには「取るべきはどのような戦略か」について説明ができることが求められることになる。
そこで出てくるのがここで扱われる「計画された戦略」と「学習された戦略」の対比である。「計画された戦略」は、ある程度、その企業が置かれた立場を分析した上で「計画」と同じく事前に行動を決めようとする。状況に応じて取られる計画のバリエーションが変わる。ここで「計画された戦略」に名前が出ているマイケル・ポーターは、世界に名だたるハーバード経営大学院に最年少で教授になった俊才で、現在も戦略論の第一線で活躍し続けている。「学習された戦略」に名前がだされているヘンリー・ミンツバーグもまた、世界を代表する経営戦略の研究者である。
マイケル・ポーターの理論
彼を有名にした理論として3つの基本戦略論がある。これは、戦略を考える際には、その業界での競争優位性が何に基づきやすいのかということと、競争の及ぶ範囲から考えようというものである。情報を収集し、分析することから戦略が導き出される。
またマイケル・ポーターは、その業界の収益性を分析するものとして5つの力(ファイブ・フォース)という枠組みも提唱している。これをつかって業界の収益性を分析し、それに基づいて戦略を計画することを想定している。こちらも情報を収集し、分析することから戦略が導き出される。
もう一つ、マイケル・ポーターの業績として価値連鎖(バリュー・チェーン)というフレームワークがある。上記の5つの力が企業の外部に目を向けているのに対して、こちらは企業の内部活動に目を向ける枠組みである。内部活動のうち、最も最終利益に貢献している部門を調べたり、他企業の同部門と比較することによって活動を改善したりするために活用される。こちらも事前の情報収集と分析がポイントである。
これらに共通しているのは、事前の情報収集と分析により最適な戦略を策定できるという考え方である。戦略の不備は、事前の情報不足か分析失敗ということになる。
ヘンリー・ミンツバーグの理論
ヘンリー・ミンツバーグは、戦略が計画からではなく、現場での経験やアイデアから徐々に形成されてくる場合もあることを指摘した。この場合には、事前の情報収集や分析ではなく、「やってみて反応をみて」はじめて何が正解か分かる。これを、戦略は「学習される」ことで生まれてくる、と把握するのである。
ヘンリー・ミンツバーグは、非常に視野の広い研究者なので、戦略にさまざまな考え方があることを認め、それぞれの長所・短所を総合的に分析している。
何か一つの考え方に傾倒しすぎることなく、批判的な視点をもってさまざまな思考方法をバランスよく組み合わせていくというのがミンツバーグの基本スタンスである。『戦略サファリ』と『ミンツバーグ経営論』はそうしたミンツバーグの考え方を知るために格好である。学習された戦略という視点以上に、さまざまな考え方を組み合わせてバランスを取る、という点のほうに、個人的にはレゴ®︎シリアスプレイ®︎とミンツバーグの親和性を感じている。
レゴ®︎シリアスプレイ®︎で学ぶ戦略開発
まさに「学習された戦略というアプローチを成功させるためには、現在の自分自身と将来についての願望を知るという強固な基盤の上に構築する必要がある」という部分がポイントだ。これがレゴ®︎シリアスプレイ®︎の一番リッチなプログラムであるリアルタイム・ストラテジーの骨格を作っている。
学習された戦略に対して経営者を中心とした人々が感じる不安は、無計画にその場の流れに身を委ねてしまうことにある。その不安を払拭し、学習へと積極的に向かわせるのが「成りたい姿」であり、無駄の少ない学習を導くのが「自己の特性(強みも含む)への自覚」である。ご存じのとおり、レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドでは、前者は「アスピレーション」と呼ばれ、後者は「アイデンティティ」と呼ばれている。変化する状況の中でも、アイデンティティを生かしてアスピレーションをいかに実現するかが戦略である。
そして、アイデンティティやアスピレーションを参加者全員で作り上げることで戦略へのコミットメントが高められ、「計画された戦略」がしばしば陥りがちな「他人事のもの」にならずに済むということである。
加えて横のコラムでは以下のメッセージが書かれている。
実際に、企業においては「計画」はかなりの時間をかけて作られているし(1年の年次計画であっても、半年ぐらいかけているところが多いだろう)、さまざまな状況対応も含めた「戦略」の策定となればさらに時間がかかる。それを完全とは言わないまでも、「アイデンティティ」や「アスピレーション」、そして基本となる変化対応の原則について、参加者全員が納得できるものに2日間でたどり着けるというのは、コスト的に言っても非常に価値のあることだ。
ただし、2日間ほどで2〜3ヶ月分の戦略の骨格をつくる議論をすることができるというのはあまりにも魔法のような話すぎて、逆にピンとこないというのもよく分かる。レゴ®︎シリアスプレイ®︎のリアルタイム・ストラテジーを言葉のみで正しく伝えることに難しさがあるのであれば、どのような工夫が必要なのだろうか。これは私も含め、レゴ®︎シリアスプレイ®︎に関わるファシリテーターにとって非常に重要で克服すべき問いである。