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とある塾での、中3受験生A君の話。
中1・中2の80点
中学2年までのA君は、定期テストの点数が悪くはなかった。
公立中学の定期テストは、範囲が限定的で、それほど広くない。教科書や学校指定の問題集から出題されることが多い。学校や先生によっては、「絶対に30点分が取れる」サービス問題を出してくれることもある。つまり、テスト対策が比較的容易。中学1年と2年の定期テストでは、大きな差がつきにくい構造になっている。
中2のテストでも80点前後取っていたA君。成績・内申を見た母親は「X高校へ行けるんじゃないか」と思った。
「80点」の実態
中3。実力テスト。
(都道府県や学校によって、総合テストとも言う)
なかなか点数が取れない…。
中2までの「テスト勉強すればある程度得点できるテスト」から、「初見の問題ばかりで、本当の実力が試されるテスト」へ。それまで隠れていた、学力の実態が明らかになる。
A君が中2までテストで取っていた80点は「教科書を余裕で理解しての80点」ではなく、「教科書をかろうじて理解しての80点」だった。
「80点」の幻想から抜け出せない母親
母親は、A君の中学2年までの成績から、X高校への進学を強く期待したが、中学3年の実力テストの結果に焦る。点数が上がらない理由を母親は考えた。
部活で忙しく、勉強時間が取れないから
生徒会の仕事が大変だから
もう少し頑張れば点数は上がるはず
母親は、中2のテストの80点という点数を忘れることができない。夏休みに挽回できるはずだ。夏期講習のコマを詰め込んだ。
授業数を増やしたからといって、成績が上がるわけではない。
A君を指導する立場から見れば、成績が上がらない原因は、勉強時間が足りないわけでも、頑張りが足りなもわけでも、ない。根本的に間違えている。A君の実力とメンタル面に関わる課題だった。
A君のレベル的に、X高校は厳しい。どれだけA君が努力しても、難しい。実力テストの結果は、A君の実力相応ものだった。
そして。そもそも。A君は、母親に疲れていた。
夏休み。A君は塾が開くまで外で時間をつぶす。家にいると母親がうるさいからと、家を避けていた。
A君の虚しさ
ある日、担当の塾講師がA君に尋ねてみた。
「X高校、本当に行きたいの?」
A君の本音は
「X高校へ行きたくない。Y高校がいい」。
予想していた答えではあった。A君自身、自分の学力を冷静に把握していた。
勉強に向かうエネルギーはどんどん失われていく。顔は暗くなり、宿題もいい加減。理解力も低下。
当然、成績は上がらない。
さらに、母親は焦る。
夏休み明け。夏期講習が終わって、母親は通常の授業のコマ数も増やした。
増やされた授業コマを見て、指導担当の講師は唖然とする。
「X高校に行きたくないってこと、お母さんに話した?」
それに対するA君の答えが、むなしかった。
「言わない。言ってもムダ。
聞いてくれないし、意味がない。
めんどくさいから、黙っている」
結果的に、A君はY高校に推薦で合格した。それは、A君の学力に合った高校であり、彼自身が望んだ高校だった。
親子の関係性とは
子供の学力・子供の行きたい高校と、母親が子供に行ってほしい高校。そのあいだに生まれる溝は、珍しいものではない。その溝を「親子で」どう埋めていくのか。
A君の母親は、テストや成績を過信しすぎ、期待しすぎたのかもしれない。母親は、子ども自身の姿を見るべきだった。現実を冷静に受け入れ、子どもの話に耳を傾けるべきだった。
そんなことなんて分かっている、という母親も多くいるだろう。
けれど。前提として重要なのは、日頃から築かれる親子の信頼関係。親と子で、話せる環境・雰囲気・関係性。結局、それが土台。
言ってもめんどくさい
どうせ聞いてもらえない
こんなむなしさを子供に感じさせることが、むなしい。
この物語は
フィクションかもしれないし
ノンフィクションかもしれない