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鳥の目、虫の目

僕の弟の名前は、ヒロユキといいます。僕が小学校四年生のときに生まれました。

このようにはじまる『大人になれなかった弟たちに…』は、米倉斉加年さんがつづった随筆で、中学一年生の国語の教材として子らが使用します。
読者の皆さんの中にも、学習した記憶のある方が多いことでしょう。太平洋戦争の最中に生きた「僕」と「母」と弟の「ヒロユキ」のことがつづられます。生まれて間もないヒロユキは、母と僕に見守られて死んでしまいます。栄養失調による死です。

▲教材文の冒頭

この記事では、随筆(エッセー)をあつかう国語の授業の進め方について、この『大人に…』の教材をもとに記していきます。

まず、この教材での「読むこと」の指導内容(中1)は、次のとおりです。

場面の展開や登場人物などの描写に注意して読み,内容の理解に役立てること。

学習指導要領による

ただし、これは指導者サイドのことであって、子らにとって学び取りたいことは、随筆(エッセー)の読み進め方です。これから先の人生の中で、随筆をどう楽しみながら読んでいけるかについて学ぶことです。自分の足で歩けるようにする学びです。
そこで、随筆の読み進め方について、学習のはじめに次のように示し、➀から➃の流れで進めていくことを確かめます。

随筆(エッセー)の読み進め方
➀ 筆者の「体験」「見聞」は、何か。
➁ ➀のことを筆者はどう考え、どう感じているか。
➂ 自分自身は➁のことをどう思うか。(共感なのか、反発なのか)
➃ 他の人(筆者)の人生を、自分の人生にも積み上げる。
   (「経験」という宝物を筆者から分けてもらう)

さて、
学習に向けて指導者が必ず準備すべきものは、『大人に…』の文章のすべてを1枚にまとめたプリントです。A3サイズ1枚にまとめます(まとめきります)。青色インクの印刷なら最高です。このプリントは、次の点でとても有効です。

・学習であつかう教材文のすべてを、一目で見渡せること。
・一目で見渡せることで、どこに何がどれだけのウエイトでつづられているかを直感的にとらえられること
・えんぴつを手に、傍線を引いたり、大切な表現をハコ囲みしたり、気づいたことをメモしたり、自分なりのアプローチの「跡」を残せること(こうしてテキストに思考の跡が残ること、残す経験がとても大事です!)

このプリントの準備は、この『大人に…』の随筆を「鳥の目」になってながめることとなります。鳥の目とは、高いところから俯瞰(ふかん)して全体像を見る目のことです。この1枚に子らが上空から目を落とすのです。タブレットPCに示したものでは、こうはいきません。

この「鳥の目」で見れば、
この『大人に…』の随筆は、次に示す最後の一文に「僕」の経験したことが端的に示されていることがわかるはずです。そして、指導者として、次のような構造をとらえます。

僕はひもじかったことと、弟の死は一生忘れません。

▲「鳥の目」によってとらえる「全体」

これによって、学習活動の方針が見えてきますね。「ひもじかったこと」がどのように描写されているか。「弟の死」がどのように描写されているか。そして、「一生忘れません」とする筆者の思いはどんなか。
とりわけ、次の「問い」は重要です。

 「一生忘れません」とありますが、「一生忘れられません」とする場合とでは、どう違いますか。

大切な表現へ目を向けさせて、「比較する」活動によってそれを勢いづかせる「問い」です。
読者の皆さんは、どう考えますか?
「忘れません」と「忘れられません」。その違いは?

シンキングタイムです!


「忘れられません」の方は、忘れようとしても忘れることができないというニュアンスがあります。それに対して、「忘れません」の方は、忘れてはならないものなのだという意思・決意のようなものを含みます。実は、この確かめが、学習の終盤であつかう次の「問い」につながります。

題名『大人になれなかった弟たちに…』の「…」の部分には、筆者の思いが隠れています。この随筆を読み終えて、「…」の部分に隠れている筆者の思いは、何ですか?

子らの中には、「大人になれなかった弟たちに、今はあのころと違って平和になったのだよと伝えたい」という回答があるかもしれませんが、これでは、先ほどの「一生忘れません」という強い思いをきちんととらえられていません。「きみたちの死のことを僕は絶対に忘れはしない。忘れてはならない。二度と戦争によって大切な命を落とすことのない世の中にするよ。」というところまで読み取らせたいものです。

さて、
「鳥の目」によってどういう学習活動を展開していくかの方針がたちましたね。ここからの学習で必要なのが、「虫の目」です。虫の目とは、細部にこだわってよく見る目のことです。描写の細部に目を向け、忘れてはならない2つのことについての読み深めがスタートしていきます。

次に示す学習活動には、ぜひチャレンジさせたいですね。

・「僕」にとっての「ひもじかったこと」。ひもじかったようすが、どこの、どのような表現から読み取れますか?プリントに一本線を引きなさい。

・「母」にとっての「ヒロユキ」の死。母が必死でヒロユキを守ろうとするようすが、どこの、どのような表現から読み取れますか?ブリントに波線を引きなさい。

・「ヒロユキは幸せだった」という母。母のこの言葉を、あなたはどう思いますか?文中の表現をもとに考えてみましょう。

読み深めるときの「鳥の目」と「虫の目」。
子らにぜひ意識させたいと思います。

なお、この2つの「目」のほかにも、
ものごとを逆の視点で見たり、発想の転換を図ったりする「コウモリの目」や、時代や社会の流れ、未来への潮流を見てとる「魚の目」というのもありますね。これもまた、持っていたい「目」です。


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