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打たなくていいバッティングセンター。
部活がオフの月曜日はウキウキしていた。高校がある新川をひたすら自転車で北に進み、あともう少しで石狩に入ってしまうぞ、という場所にそれはある。
バッティングセンターだ。
「ダーキの地元にはバッティングセンターがないんだもんな」
低く抑揚のない、だけど温度がこもった声で言うのは学ラン姿の菊池くん(本名)で、彼の家はそのバッティングセンターからほど近いところにある。私たちはサッカー部だったけれども、菊池くんは小さなころからそのバッティングセンターで遊んでいたらしい。
私にとってのバッティングセンターは、それはもう夢のような、けっして大袈裟でもなく、まるでディズニーランドのような場所だった。だってどちらも行ったことがなかったから。存在は知っているのに行ったことがない場所。バッティングセンターは限りなくディズニーランド。
当時の流行りのBONNIE PINKの『A Perfect Sky』を2人で口ずさむ。
「君の胸で泣っかない〜♫ 君に胸焦がっさない〜♫ I’m looking for a perfect sky〜♫」
サビの英語の部分の発音をネイティブ顔負けに歌って笑う。自転車をこぐと草の匂いがする。
「まだ着かないの?」と聞きながらおよそ20分進む。「ここだぜ」と言われて細い道に入り、また少し進んで自転車をとめ、汗をぬぐって顔をあげると、古ぼけたバッティングセンターがあった。外壁は焦げた食パンのように錆び、屋根の布はところどころはがれ落ち、駐輪場は砂利。
「ここでいまから打ちまくるわけよ」
「おれ初めてだけど、うまく打てっかな」
「打てないだろうな」
「だよなぁ」
打てるかどうかは問題ではないことを15歳の私たちはわかってた。
結局このバッティングセンターには何度も通うことになる。ボールにバットが当たって、カキンと快音を響かせるような体験は一度もしていない。
それでよかった。
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〈あとがき〉
この話に出てきた菊池くんは、過去におこなった「最後の一行小説大賞」の審査委員を務めてくれた旧友です。私たちが高校1年生のときは西暦2006年で、当時はスマホもまだなかったものの、毎日楽しかったです。今日も最後までありがとうございました。
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