北海道のニセコを使って毒を吐く。
今日は仕事でニセコに行った。
札幌から車で約2時間の場所である。プライベートでニセコを訪れることはあったが、仕事でくるのは初めてだ。ずっと楽しみにしていた。現地の人から「リアルなニセコ事情」を聞けるからである。
ちなみにニセコには小さなころサッカーの大会で来たことがある。
「ニセコ杯」だったか「ニセコトーナメント」だったかという意味のわからないネーミングの大会だった。当時たしか「コロポックル」とかいうなんのひねりもないネーミングのロッジに宿泊した気がする。それ以外はなんの記憶もない。とにかく自然が美しい場所である。
ニセコはこの20年で大きく変わった。
見つかったのである。世界に。
冬になると降るこの地域の雪。いわゆるパウダースノー。その雪質は世界的にみてもトップクラス、なんならこの惑星で最高のクオリティであるらしい。私はずっと北海道にいるから気づかないけれど、とにかくふわふわらしいのだ。これを求めて太陽系全土のスキーヤーがニセコに集結するらしい。
こんな雪の何がいいのかな、と思うのだけれど、俺たちの北海道に降る雪質のことを考えてみると……たしかにいい雪質なのかもしれない。手触りはふわふわだし、スキーで滑ってみても音もせずまるで宙に浮いているかのような浮遊感を感じる。こけても痛くない。
長野県も雪がいいらしいが、ここには及ばないだろう。長野の雪を知らないけれど。
そんなに北海道の雪はいいのだろうか?
たしかに世界各地で開催される冬季オリンピックのモーグル種目などをみていると「音」が目立つ。ガリガリとした雪の音がテレビ越しにも聞こえてくるのだ。
テレビの中の五輪会場のスキー場ではところどころに小汚い草や土があって、ちょっとみすぼらしい。とくに北京とか。北海道には、ニセコにはそれがない。すべてふわふわの新雪である。
なるほどたしかにここは世界のスキーヤーにとってのユートピアなのかもしれない。
世界中から人が集まるとどうなるか。
お金が集まるのである。
なのでこの20年、ニセコの土地は海外の資産家に買い漁られ、ホテル、コンドミニアムが建ちならび、それはもうとんでもないことになっている。地価上昇率は日本一である。なかには1泊400万円のホテルもあり、その値段ですら利用客があとを絶たないらしい。
ニセコはいまや、日本なのに日本でないような、そういう様相の街になっているわけだ。あのころのニセコはとっくの昔にもうない。
熊本に半導体工場が建設され、その周辺のアルバイト時給が高騰しているというニュースを見たことがある。北海道の千歳市にも似たような半導体工場「ラピダス」がまもなく開業する。
北海道経済界は判で押したように知事ですら「ラピダス」「ラピダス」と万歳三唱だ。ラピダス特需が周辺地域をにわかに活気づけている。
個人的な分析ではラピダスは「本質的には成功しない」と思っている。「船頭多くして船山に上る」からだ。ラピダスには誰もが顔を思い浮かべるリーダーがいない。
ラピダスの社長はだれ? という質問に誰も答えられない。
ありゃ国策みたいなもんだから責任の所在が不明瞭である。そういう組織はいつの時代も物事をうまく進められない。「半導体のラピダスに期待!」みたいな謳い文句は、ものごとの本質を理解せず表層だけをなでるコバンザメ連中の戯言と思っている。
すこし思想が強くなったがとにかく、新需要あるところに経済圏ありである。
ニセコもその例に漏れない。
たとえばニセコ地区にある「すき家」のアルバイト時給。オープンしたときは一般1,650円・深夜2,088円・高校生1,550円だった。いまは一般1,500円・深夜1,900円・高校生1,400円で募集してる。北海道の最低時給が1,010円になったのは今年の10月のことだから、他地域と比較するとやはり時給の高騰が進んでいる。だからなのか、すき家のポスターの石原さとみもこの顔だ。
それからよく言う話だが、ニセコでラーメンを食べようとすると1杯3,000円だそうだ。現代のラーメンは通常1,000円前後だから、その価格は約3倍になっている。
人が集まるところには経済圏ができる。まさしくビジネスである。人が集まるところにお金が集まる、これは世の常である。
さらに愉快なのは、ここ数年で「ニセコ留学」なる概念も登場している。
海外に語学留学をする奴、ワーホリで海外に行く奴がいつの時代もいる。古くは空海や最澄もそうだし、岩倉使節団などもそうだ。歴史に名を残している連中は命懸けで海外に渡航し、勉学に励んでいたが、現代はちょっと違う。
何も持ち帰らぬなんちゃって留学が多い。留学と称した2週間の旅行である。たいした大義もないポーズの旅行だ。だいたいはカナダかオーストラリアと相場は決まっている。ちょっとがんばってイギリスに行くような連中もいる。
命をかけて長安にいき、その吸収力の高さで現地民を震撼させた「空海」とはえらい違いである。
ニセコ留学の場合、留学先はニセコになる。なぜならこの街には外国人しかいないからだ。だから世界に出るよりも安価で語学学習ができるという、チープでファストな概念、それがニセコ留学である。留学などせんで、とっとと働けとも思う。そのほうが実学になるのだから。というと言い過ぎである。
…
ここまで書いたことが私が今日訪問前に知っていた「現在のニセコ」の実情である。これが本当のところどうなのか、なにか最新の状況はないか、と思ってワクワクしながら私は今日ニセコに行き、話を聞いてきたのである。
現地の方に今日言われた。
「イトーさん、ニセコはいま世界中から人が来てますよ」
「イトーさん、ニセコのホテルは1泊400万円ですよ」
「イトーさん、ニセコはいま、熊本や千歳の半導体特需と似た構図になってますよ」
「イトーさん、ニセコでラーメンを食べようと思ったらいくらだと思います? 3,000円なんですよ!」
「イトーさん、ニセコのすき家のアルバイトは高校生でも時給1,500円なんです」
「イトーさん、いま『ニセコ留学』が流行ってます」
なるほど。聞いていた通りである。
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