フラれたてホヤホヤの人。
「どうやら彼は到着が遅れるみたいだ」
札幌市内の居酒屋に19時ぴったりに入ると、先に待っていた40代の知り合いの男性がそう言った。一昨日のことだ。
1ヶ月前に知り合ったこの方は、やけに私を気に入ってくれて、この日が3回目の食事。台湾系の居酒屋を予約してくれていて、私が時間通りに到着すると、
「〇〇先生は、相変わらず時間ぴったりだねぇ」
と喜んでくれた。
この方はなぜか私のことを「〇〇先生」と呼ぶ。
「24歳で同じ業界の男性がいてね、彼を〇〇先生に紹介してあげたくて、今日呼んでるんだけど、仕事が立て込んでるのか、到着が遅れるみたい」
遅れても気にしないや、と思ってビールを頼んで、2人で食事をスタートした。
…
……
(チクタク、チクタク)
それから1時間後、後ろから声が聞こえてきた。
「遅れてすいません!」
お、きたきた、と思って視線を後ろに向ける。
24歳、スーツ姿の彼がそこに立っていた。
彼の表情は申し訳なさでいっぱいだ。
遅れてきた彼は開口一番で言う。
「じ、実はたったいま、彼女にフラれました!」
私と40代の知人は驚いて、
「えええっ!?」
と言って、
持ってたビールをテーブルに叩きつけた。
40代の知人は私に向かって言う。
「〇〇先生…彼はフラれたらしいですぞ」
(いや、聞いてた聞いてた)
と思いつつ「そうみたいですね」と返事した。
どうやら、こういうことらしい。
と、いうようなことを、
遅れた申し訳なさよりも、たったいまフラたばかりの困惑の方が強めの表情で彼は語った。
で、彼の話す顔を見て、私は思った。
めちゃイケメンなのである。
ハーフのような顔立ち、目と眉の距離が近く、鼻筋もピンと伸びていて、色白。
時折見せる笑顔がなんとも爽やか。
身長を聞いてみると177cm。出身は北海道ではなく九州らしい。大学は東京に行きMARCHのどこかを卒業して、今年の春から仕事の配属で札幌に来た。
大学時代はヨーロッパにも短期間いたらしい。体格は、やけにガッシリしている。スポーツマンだったそうだ。
人を評価することはあまり好ましいことではないが、彼の恋愛市場における評価額は非常に高そうだ。競合多数の超優良物件のように見える。
その彼が、フラれたてホヤホヤらしい。
真面目な医療従事者の彼女に。
付き合って30日で。
なんなら背中からホヤホヤと湯気が出ている。顔には悲壮感が能面のようにべったりはりついている。
(うーん、なんだかここは、彼の話をしこたま聞いてあげて、時折ユーモアを交えよう)
私は心にそう決心を決める。
「〇〇先生、フラれたてホヤホヤの人に
なかなか会うことはないよね」
40代の知人は私にそう聞いてくるので、
「えぇ、なかなかあることじゃないですよ」
と返す。
がっくりとうなだれながらも、右手にはビールのジョッキが握られている彼に対し私は質問した。私が質問し、彼が答え、40代の知人が茶々を入れる。三角形の会話構図である。
「言いづらかったら大丈夫ですが、
彼女、もとい元カノ。
その真面目な元カノとはどういう出会いで?」
「も、元カノですか…」
「こういう場合は今を噛み締めながら、全てを洗いざらい話すことが大切ですから」
「も、元カノとは、ま、まぁ…」
「言いづらかったら大丈夫ですよ」
「い、いえ。元カノとは、そ、その。
ススキノの相席屋で出会いまして!」
…
ビールを彼にぶっかけるところだった。
元カノは医療従事者で、将来の夢があって、
性格は真面目であるらしい。
出会いはススキノの相席屋。
真面目とは何かが分からなくなる。
「真面目」とは対極の場所。
女性はタダ飯が食べられる代わりに、転がってくる男性の相手をしなければならない、そんな謎の宮殿。
それが相席屋。
「あ、相席屋!?」
「は、はい…上司に連れられて、そこで」
でしょうな、と思いながら
私は頭を抱えて言った。
「元カノは真面目なんですもんね」
「は、はい。すごく真面目でいい子で」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「は、はあ…」
「本当に真面目な人って、相席屋にいますかね」
そこから3時間、彼の話を聞いた。
そして3人でウンウンうなった。
フラれたてホヤホヤの人は、
最後までとにかく落ち込んでいた。
40代の知人と24歳の彼、
2人を見て私は言った。
「真面目ってなんなんでしょうねぇ」
…答えは出なかった。
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