ティッシュ配りを光速で終わらせる元カノ。
「ティッシュ配りのバイトを始めるよ」
私が20代前半の大学生の時にお付き合いをしていた歳下の彼女から、そうやって言われたから私は「ティッシュ配り!?」と少し心配になった。
この娘にティッシュ配りという過酷なアルバイトが果たして出来るんだろうか、と思ったがそんな私の心配はどこ吹く風。数日後、元カノはクソ楽しそうにティッシュ配りのバイトの話を聞かせてくれた。
「あんな簡単なバイト、ほかにないよ!」
…
ティッシュ配りは私もやったことがあった。18歳の時に札幌のボウリング場でアルバイトをしていた私は、ボウリング場の認知度アップのため、ティッシュ配りの業務に駆り出された。夕方、サラリーマンたちが帰ってくる時間帯を見計らって、繁華街に繰り出す。
ティッシュを配る。
受け取ってくれない。
つら。
おなしゃーす、みたいに配る。
受け取ってくれない。
つら。
たまに受け取ってくれる人がいる。
うれし。
…でもただただ辛かった。
知らない人にティッシュを配る。
これにどれだけの生産性があるというのか。
そう疑問に思っていた。
…
だから「ティッシュ配りのバイトを始める」と元カノが言い出した時、ただただ心配になった。あんな過酷なもの…。心配だ。
街を歩くとティッシュを配っている人がいる。札幌市内なら狸小路という商店街にいつもいる。
その誰もが、当時の私のように「おなしゃーす」とか言って配っている。時にはそれも言わずにティッシュだけを差し出してくる人もいる。中には私がスルーされることもある。
「あれ、くれないんだ」と思うこともある。
ティッシュ配りをする人の左手にはティッシュでいっぱいになったカゴがぶら下げられている。後ろを見ると、これから配られるティッシュたちがいまか今かと待機している。
「あんな簡単なバイト、ほかにないよ」
元カノがなぜそう言えるのか気になった。
なんで楽しいんだろう…?
…………
…………
…………
…そこで、元カノのティッシュ配りの現場を覗くことにした。背徳感である。楽しいと言い切れる秘密が知りたくてナイショで覗こうと思った。覗きが趣味なわけではないよ。
「何日の何曜日の何時にあそこで配っててさ」
その言葉だけを頼りに、こっそり行ってみた。暇だったし、会いたくて。ピュアだ。
そこで私は驚きの光景を目にした。
大声を出しながら高速でティッシュを次々に配る彼女の姿である。残像すら見えそうだ。
「お願いしまーす!!!!」
「〇〇ってサービスでーす!!」
「ティッシュどうぞーーー!!!」
「ティッシュでーーーす!!!」
サササササササササササッ!!!!
道ゆく人に次から次へと笑顔を振りまいて、ティッシュを配っているその人が彼女だった。通行人に次から次へとズイズイっとティッシュを配っているではないか。「ズイズイ」って音が聞こえそうなくらいズイズイしていた。
「お願いしまーーーす!!!!!」
「ティッシュでーーーす!!!」
ズイズイズィーーーー!!!
もう誰であろうと関係ないようだった。
なんなら通行人の手にティッシュを押し付けているような気配すらある。あの天真爛漫で天使のような笑顔を振りまいて、彼女が一生懸命にティッシュを配っている。
みんながみんな次から次へとティッシュを受け取っているではないか!
たぶんだけどあれ、普通の人なら1時間かかるところを元カノは10分かからないくらいでさばいていたんじゃないだろうか。
ティッシュ配りをもうすぐ終える元カノから、私もティッシュを受け取りたくて、行ってみた。
「ティッシュくださーい!」
「あ!」
「…えへへ」である。
ティッシュ配りのバイトを光速で終えた彼女に聞いてみた。なぜあんなに楽しそうにティッシュなんか配れるの?
元カノはまたあの天真爛漫な笑顔で答えてくれた。驚きの返答であった。
「だって、それがアタシの仕事だから」
(…ゴクリ)
この娘は絶対にどこに行っても成功すると思った。ツバをゴクリと飲み込むほどの説得力がある。
え、言える!?
「だってそれがアタシの仕事だから」
この話から得られる教訓はすなわち、
仕事に一心不乱に取り組む姿勢である。
疑問を持たず、与えられた使命を全うしようとする鉄の意志である。
周りのことなんて気にしていなかった。
ただただ一生懸命に目の前のことに取り組んでいた。それも楽しそうに。
「ティッシュ配りの生産性」なんて考えもしない。
するとその様子を見ている人たちがいる。
そういう人たちに人は集まる。
元気で一生懸命な人の元に人は集まるのだ。
その彼女とは4年くらい付き合った後、結局別れてしまった。覚えてることは沢山あるけれど、このエピソードは彼女を象徴するものとして強く頭に残っている。
すごかったなぁ、あのティッシュ配り。
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