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浜田になった妻。

その日は妻が美容室に行き、すっかり伸びた髪の毛を、思い切ってばっさりと切る予定だった。

朝、妻から「今日の15時ごろには切り終わると思う」と聞いていたから、私はパタパタと仕事をしながら時計をみて「あ、もう15時か。美容室が終わったころかな」と想像していた。



するとご丁寧なもので、きちんと妻からLINEがきた。

きっと「美容室おわったよ」の報告だろうと思いスマホの画面を見てみると、なにやら様相がちがう。


スマホの画面にはこう表示されていた。

「大変だ! 浜田になっちゃった! どうしよう!」


......

...


浜田。

浜田雅功。

天下のダウンタウンのツッコミ担当。


髪の毛を切り終わった妻から「浜田になっちゃった」というLINE。だいたいの想像はつくのだが、確信を持ちたいので「ええ? どういうこと?」とLINEを返してみる。


すると。


この画像が送られてきた。





どえらいことである。


これは大変なことだ。

つまり、伸びた髪の毛をばっさりと切ったはずが、なにをどう伝え間違ったのか、妻の前髪は上の画像の浜田のような仕上がりになってしまったらしいのだ。浜田、アウト、である。

いったいどのような注文をすればこうなるのだろう。

よく、前髪をオンザ眉毛に短く切ってサブカルを気取る輩がいるが、妻はそういったタイプの女性ではない。

かつ、全女性が同意かと思われるのだが、前髪は女性の命、たとえるなら鬼にとっての金棒、力士にとってのまわしである。

風が吹けばそのスタイリングが崩れぬよう前髪を我が子のように死守するのが女性であるからして、美容室に行った妻が「浜田みたいな前髪にしてください」と言うはずがない。

おそらく、コミュニケーションの失敗、もしくは美容師の力量不足があったのだと思われる。



さて、そうなると私は夜、家に帰るのが楽しみになる。

妻の前髪が本当に浜田になっているのかどうかを確かめたい。

と、いうわけで、その日はいつもより少し早めに帰った。自宅の鍵を開け、リビングに飛び込む。私は仕事着のままで「なになに、浜田になったって?」と聞いてみる。

すると。

ダイニングのイスに少しニヤけながらもショックを隠しきれず、羞恥心を浮かばせながら下を見つめて座る妻の姿があった。

顔を上げて悲しそうな表情でこちらをみる妻の前髪は、まさしく「浜田のそれ」であった。



妻は言う。


「浜田になっちゃったズラ……」



繰り返すが、これはどえらいことである。


さて、こんな場合、夫としてどんな言葉をかけてあげるべきか。妻は「浜田になっちゃったズラ」と落ち込んでいる。そこで私。


「そう? 浜田ではないような気がするけど」


フォローしてみた。あなたは決して浜田ではない。もしも浜田だったら本当に大変だ。すると妻はなんと言ったか。



「いや、これは浜田だズラ……」



これでまず1ラリー。妻は自分が浜田だと主張している。いつだって私は妻の言うことをすべて肯定してきたが、ここで妻に「そうだね、浜田だね」と言ってしまうとそれは妻が浜田であることを認めることになるわけだからそれは避けたい。妻は断じて浜田ではない。


「思ってたより浜田ではないと思うけどなぁ」


2回目のフォローを差し込む。君は浜田ではないんだ。目を覚ませ。でも妻は言う。


「いや、これは浜田……」


これで2ラリー。はっきりとこの時の私の心の内を告白する必要があるので書いておくが、ダイニングでうつむく妻が、顔を上げてこちらを見た瞬間に思った。


「浜田だ。うちに浜田がおる」




それでも妻の心を思うと、妻が浜田になっていることを認めるわけにはいかない。だが、妻は「これは浜田だ」と言ってきかない。正直、私も「浜田だな」と思っているし、笑いをこらえている、というか笑っている。

なので言ってみる。


「う〜ん、たしかに浜田かも」

こう言うと妻は「えーーーーーん! 浜田になっちゃったよ〜!」と言って腕をブンブンしだした。

なので私も「まぁ、浜田だけどすぐ伸びるんじゃないか?」と言ってみる。妻も妻で「鏡を見るたびに浜田が映っててヘコむ」と言っている。


その夜そこから私は、できるだけ妻を笑わせる意味を込めて「浜田さん、結果発表まだ?」とか「浜田さん、今日松本さんは?」などと聞いてみる。

最初こそ私のボケに乗っかっていた妻だった。


しかし、その会話があまりに楽しすぎた私は「浜田、浜田、どれ浜田、やれ浜田、あら浜田、浜田」とすっかり妻を浜田として扱いすぎた。



すっかり夜もふけたころ、妻が低い声で言うのである。


「あのさ、言っていいことと悪いことってあるから。浜田はやめてくんない?」



キレられた。

妻のトーンを察した私は内心「これはやってしまった」と思いながら謝る。自分から「浜田になっちゃった」と言ってきたクセに、と思ってしまうのは女心がわからない男の怠慢であろう。


結局翌日、妻は別の美容室に行き、浜田の前髪をなんとかして調整してきた。

とても短いことに変わりはないが、浜田の前髪のような違和感を必死で微調整することに成功。すっかり上機嫌の妻なのであった。



〈あとがき〉
女心と秋の空とはよく言ったものですが、逆に男心をあらわずことわざがないような気がします。もしかしたら私の知識がないだけで、あるのかもしれませんが、男女というものは時に相容れないものですね。前髪が浜田になっている妻をみたときは吹き出すのをこらえましたが、ちょっと調子にのりすぎていたずらに妻をイジりすぎてしまいました。反省です。今日も最後までありがとうございました。

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