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私はコーヒー片手に、18歳女子の恋心を応援したい。
「そんな都合のいい生命保険ないですよ」
お客さんからそんなことは初めて言われた。
18歳、お団子頭の女の子。生命保険の商談の最中にそう言われた。18歳、高卒で社会人になったらしい。社会を知らないがゆえの純粋さ、けれども前途ある若者。私の説明がよっぽど信じられなかったのか、冒頭のセリフを彼女から言われた。困惑した。そんな保険は存在する。
このお客さんとは、私がある企業のマネー研修の講師として登壇した時に出会った。彼女は研修後の個別相談を希望してくれたのだ。
「会社の同期とは仲がいいの?」
私が聞くと、彼女は、
「うーん…そんなにですね。でもヤマザキさん(仮名)って人がいて、犬系男子でかわいいんです。なんか素敵なんですよね」
「へぇ〜、犬系男子。どんな風にかわいいの?」
こう質問すると、彼女はヤマザキ君(仮名)について目をピカピカさせながら話してくれた。
・大卒で自分より4歳年上だけど同期なこと
・やることなすこと真面目すぎること
・とにかく素敵で、もはやマスコットなこと
私は指摘しなかったが思った。
(この子、ヤマザキ君のこと好きなんじゃ…)
どうでしょうみなさん。女の子が目をピカピカさせて、異性のことを「素敵」と表現したら、それはすなわち「好き」ということ。これはみなさん、同意いただけませんか。
彼女とはまた1週間後に会う約束をした。
………….
「〇〇さんがそう言うならそうだと思います」
ずいぶんと真面目な好青年だなぁ、と感心した。22歳、少し日に焼けた純朴そうな男の子。大学を卒業してこの春から社会人。そう言われた。私は素直に嬉しかった。
ヤマザキ君とも、先程の女の子と同じ企業の研修で出会った。彼もまた個別相談を希望してくれたのだ。
「会社の同期とは仲がいいの?」
私が聞くと、ヤマザキ君は言った。
「どうかな…。まだそんなには…どうですかね」
「まだ短いもんね。知り合って」
私は面談で交友関係についても聞くことにしている。正直に言えば、先程の女の子の顔もチラつく。だから、そっと聞いてみた。
「彼女はいるの?」
「いやぁ…もう何年もいないですよ…。
欲しいとは思ってるんですけどね…」
照れ臭さそうだった。
ヤマザキ君(仮名)ともまた1週間後に会う約束をした。
………….
その後、18歳の女の子と1回、2回とまた会った。
保険についての面談だ。この会社は同期が5人。5人が5人とも個別相談を希望してくれている。個人情報を漏らさないよう注意をしながら、同期の仲が良くなればと私が媒介している。同期それぞれがお互いをどう思っているのか等を伝えてあげる。
3回目に女の子に会った時、お団子頭のその子は、保険に関する私の説明はどこか上の空。代わりに同期についての話をする。目がピカピカする。
「私、恋愛は正直もう無理だな、と思ってて…」
女の子は過去の恋愛経験を教えてくれた。どうやら男性に対する不信感があるらしい。「君が僕の妹だったら、その元カレをぶっ飛ばしに行くよ」って言ったら少し笑ってくれた。
「でも、ヤマザキさんは素敵だから…」
「…それって、どういう感情なんだろうね?」
「いやぁ…どうなんだろう…分かんない…です」
保険の話は30分。こんな話は120分。
「ヤマザキくんに聞いてほしいことある?」
「え、何か聞いてくれるんですか?」
「もちろん〇〇さんのことは言わないよ」
「えー、どうしよう…」
20秒くらい黙る。私も黙る。
「…歳下って恋愛対象なのかな」
彼女からこぼれ出た。
「聞いてみようか」
「い、いいんですか!?」
………….
ヤマザキ君にもまた会った。2回、3回と。
それで聞いてみた。細心の注意を払って。
「歳下ってどう?」
「歳下ですかぁ…うーん…。僕、好きって言われたら…好きになっちゃうんですよね…なので、あんまり歳は関係ないかもです」
「そんなもんだよねぇ!恋愛って!」
男2人でアハアハと笑った。
………….
「どんなところが素敵だと思うの?」
お団子頭の女の子と会うのはこれで4回目。平日夜のファミレス。保険契約はすでに完了している。彼女の手にはメロンソーダが入ったコップが握られている。私はコーヒーだ。夜のコーヒー。
「えー、たとえば声とか?話し方が好きなんです」
「声、いいもんねヤマザキ君。顔は?」
「顔も好きですよ。でも聞いてください!
この前お昼ご飯初めて一緒に食べたんです」
「お、それは進んだね!どうだった?」
「えーっと!」
ヤマザキ君に
「同期とお昼ご飯食べてみたらどう?」
と言っておいた。早速誘ってみたんだね。
ナイスナイス。
「やっぱり犬みたいで素敵なんです」
「いつからそう思うの?」
「入社2日目くらいかなぁ」
「はやいねぇ。一目惚れ今までしたことあるの?」
「意外とするタイプなんですよ。今回もだし」
よろしいでしょうか、皆さま。
このお団子頭の女の子、目をピカピカさせてそう語るんです。でも、彼女はまだ、これがどういう感情か気づいていないようなのです。なので私、聞いてみました。
「ってことは好きってことになるのかな?」
「…えっ、好き?うーん…」
黙る。
30秒くらい黙って、2人で窓の外を見る。
この気持ちはなんだろう?
合唱コンクールでよく歌ってた。
「この気持ちはなん〜だろ〜♪」
しばらく黙ってるから私も黙ってる。
そして彼女はこう言った。
「もう、世界一かっこいいんです!!好き!!」
…。
…アッハッハッハッハッハ!!!!!
2人で2秒くらいおいてから爆笑した。
手を叩いてアハハと笑った。ファミレスで。
手にはメロンソーダとコーヒー。「世界一」だ。
誰かを好きになって「世界一」という表現を使ったことがあるだろうか?ギネス記録だぜ。
「で、でも!私、恋愛はもうできないと思ってるし、私みたいなのが恋愛はキモいですよ。嫌われますよ」
「そんなことないよ。今とっても素敵なことをしてるんだよ。キモくないし、自信を持った方がいいよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ。それは素敵なことなんだよ」
私ごときの男。愛とか恋とか、それが素敵だとか「何言ってるんだ俺」と、思ったは思った。正しいかどうか分からない。でも。でもね。彼女に何か言ってあげるとしたら、それしかないと思った。それがどんな結果になったとしても。
………
このお話は、現在進行形だ。
今はここまで。お団子頭の女の子が自分の気持ちに気づいたところで終わっている。
続きがどうなるかは分からない。私の干渉の仕方も一歩間違えば、どちらかが傷つくことになるかもわからない。ヤマザキ君がどんな気持ちなのか、そんなことは聞けない。
でも先日、彼に会った時、
こんなことを言っていたんだ。
「僕、結構1人でドライブ行くんです。1人で行くのが好きで。でもよく思うんです。助手席に自分の好きな人を乗せてドライブできたらなぁ、って」
「いいじゃん、すっごくいいじゃん!」
「で、ですよね!」
……
私の仕事は生命保険外交員。世間一般から見れば、嫌われる職業。でもね、悪くないと思ってるよ。それぞれの人生に、少しだけ関わってる気がするから。
▶︎このお話の後日談を書きました