階段で立ち往生するママさんを、見て見ぬふりしない男性市民。
渡る世間は鬼ばかり。渡る世間に鬼はなし。
果たしてどちらで生きているだろう?
2013年3月、大学生だった私は友人3人と一緒に、初めての海外旅行でスペインはバルセロナを訪れていた。
バルセロナはスペイン第2の都市。スペインの首都はマドリードだから、バルセロナは日本でいうところの大阪かしら。歴史ある街で、有名どころでいえば、アントニ・ガウディの傑作『サグラダ・ファミリア』がバルセロナのシンボル。
他にはピカソ博物館であるとか、なんだかんだと色々とあるわけだけど、ここに来た大事な目的、
それはサッカー観戦であった。
バルセロナには世界的サッカークラブ、FCバルセロナがある。そこには当時、世界最高のサッカー選手「リオネル・メッシ」がいたもんだから「卒業旅行でバルセロナに行って、サッカー観戦してさ、メッシに野次を飛ばそうぜ」という目的で行ったわけ。
「いいなそれ、生メッシに
『俺の方がうまい』
って野次るのもありだな」
札幌のすすきのの居酒屋で高校のサッカー部メンバー4人とそんな話をしてから1か月後、私たちは本当にバルセロナにいた。
蛇足だが、私以外の3人は順調にそれぞれの大学を卒業予定だった。しかし私は大学を卒業する気なんてさらさらなかったので、3人は4年間の総決算として、私はただのカス大学生としてバルセロナ旅行に臨んだ。
【オススメ】どれ程カス大学生だったかの話
宿泊先のホテルの
最寄り駅内を歩いていた時だった。
バルセロナには街中に地下鉄が張り巡らされており、東京ほどではないが複雑に入り組んでいる。電車を降りて、地上にあがる階段を歩いて、間もなく地上というところだった。
階段の入口付近、私たちから距離が少し遠いところに、バルセロナ市民だろうか、女性がいた。ベビーカーを押している。ママさんだ。
しかしエスカレーターはなく、階段のみだから、そのママさんは立ち往生していた。私たちからは少し距離がある。
すぐにママさんの後ろから、これもバルセロナ市民であろうおじさんが現れた。おじさんは電球みたいにハゲていた。「おやおや」という様子で気づいて、ベビーカーを持ってあげている。ところが人手が足りない。あと1人が必要のようだった。
繰り返すけど私たちとは少し距離があった。だからそれを見ていることしかできなかったんだけど、すぐにおじさんは「指笛」を吹いた。
(ヒュィッ!♪)
指笛が階段に響く。
すると、これまたバルセロナ市民であろう、通行人のおじさんがどこからともなく現れた。こっちはハゲていない。そして特に何も言わず、ベビーカーを持った。ハゲとフサフサの2人のおじさんがベビーカーを持って、えっさっほいさっと階段を降りていく。
ママさんは「ありがとう」的な感じでテクテクその後ろを歩いていたが、おじさんたちはベビーカーを置くと、特に何も言わず立ち去って行った。
私たち4人は、何もできず
ただその様子を見守っていた。
…
「カルチャーショックだな」
「あぁ、カルチャーショックだ」
「だねぇ」
「にしても指笛で呼んだよ」
アジアの果てからやってきた
私たちはあっけにとられていた。
日本人は「他人を見たら泥棒と思え」と考える人が多いような気がする。つまりは「渡る世間は鬼ばかり」である。ところがバルセロナ市民は真逆で「なんじ、隣人を愛せよ」「求められずとも人を救え」である。すなわち「渡る世間に鬼はなし」だった。
助け合いの文化、人目を気にしない文化がそこに横たわっている。
ここで「日本人はこうで、だから悪いんだ」ということを主張したいわけではない。お国柄でありカルチャーだから。日本でも同じ場面はあるかもしれないし。とりあえずバルセロナはこうだったよ、ということが言いたかった。
メッシに野次を飛ばすまであと2日
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